根保孝栄の文芸掲示板



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[278] 芥川賞作家を育てる夢 その2 平井和正と志茂田景樹の学生時代の周辺のこと

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 7月 9日(火)18時10分34秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

昭和30年代、中央大学の「ペンクラブ」は、創作の学生雑誌「白門文学」、詩・韻文の詩誌「ルブラン」を、それぞれ年2回から3回発刊していた。経費は当時の金で全額学校側が負担していた。昭和25年文学部ができて、書き手を育て、奨励する意味から予算を投入してくれていたのである。

・当時、中央大学の同年配の学生で小説を書いていたのは、志茂田景樹、平井和正を初め数人いた。しかし、平井和正が学生作家としてデビューすると、書いていた他の学生は、潮を引くように作品を書くことを断念、別の道に活路を求めた。学生時代にデビューできなくては諦める、それが石原慎太郎、大江健三郎、倉橋由美子らの学生作家全盛時代の合言葉であった。

平井和正はレイモンド・チャンドラー的文体で高校生のときから刑事物を達者に書いていた男。「オレは純文学作家みたいな下手な作品は書かない」とうそぶく男であった。後にSF作家として名を成し、不振に陥った手塚治虫さんの漫画の原作シナリオを手塚さんから依頼されて書いたり、テレビ漫画で一世を風靡したスーパーマンものの「エイトマン」の原作、石ノ森章太郎と組んで「幻魔大戦」の大ヒット漫画を手がけるなど、SFの大衆化に貢献した男。

平井和正は、昭和30年代に早川書房の「月刊SF」の創刊などでチャンスに恵まれ、一躍学生スター作家に躍り上がった男。私とは学部も年齢も同じ寅年であったから「虎は眠らない」なんて題名の小説を書いていた。授業中に当時は珍しいタイプライターを持ち込んで、カチャカチャと音を立てて書いていた男。教授が「またタイプを打ってるのは平井だな」と声をかけると、平井は「先生、気にしないでください。締め切りが迫っているので、必死なんです。許してください」と言って黙認されていたものである。その平井も2015年、学生時代から悪かった内臓の疾患で惜しくも亡くなった。

・この平井を先生と慕ったのは、五歳も年上のSF作家の荒巻義雄である。荒巻は札幌南高校で渡辺淳一と同期で、「紺碧の艦隊」「旭日の艦隊」シリーズで有名なSF界の巨匠だが、昭和三十年代にまだ早川書房の「月刊SF」が創刊される前、「宇宙塵」というガリ切りの、今では伝説のSF同人雑誌になっている雑誌で平井が先輩だったので、荒巻は終生平井を先生と呼んだ義理堅い男。荒巻は現在も札幌に住んでいて、道展、全道展、新道展の公募展には陰ながら賞金を出すスポンサーである。

・志茂田景樹は一級下だったが、授業では一緒になることがあって、言い方が少し悪いが、あえて言うと、当時からなよっとした、いわゆるオカマ的感じで人目を引いていた男。北方謙三は、学年がずっと下であったが、学生時代から小説を書いている男として法学部でも伝説的に名が知られていた。学生時代を終えてから、私が時折ペンクラブに顔を出すと、「後輩に良い書き手が一人いるよ」と北方の噂を耳にしたものである。

・北方謙三は学生時代の当初、純文学の作品を書いていて、それなりに光った作品であった。一流雑誌の新人賞の候補にも何度か上りはしたものの、決定的作品に恵まれず卒業する。サラリーマン生活の中でエンターテイメントの作品に転換、機会を得てデビューするのは30代近くなってからである。

・私の同世代は、皆優秀で、受験したときは、中央大学の法学部がもっとも人気のあった時代で難易度70のランクであった。同期生は受験時20倍の競争を経て合格した連中。私のクラス2組は50人のうち10数人は司法試験合格者で司法界に行き、3分の1はマスコミ関係、3分の1は公務員という内訳で、後に政治家になったものが数人もいて、小説を書くような文筆活動の者は変わり者、落ちこぼれと言われていたものである。

  ・落ちこぼれ何処に行くのか浮き草の漂ふ先の行方は知らず  石塚 邦男

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[277] 新道展苫小牧支部展 その3 田村純也の見事な石工の技、北の風土を追求する今田博勝のこだわり

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 7月 7日(日)03時54分52秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・今田博勝の作品は、重々しい群像の顔が重なって描かれる北の風土的、歴史的暗さを定着した作品。希望を求めて恨めし気に空を仰ぐ群像だが、このシリーズ物の作品を、この作家は一貫して描いてきている。その心情を深入りして聞いたことはないが、北海道の風土を見つめるこの作者の一貫して変わらぬ寡黙で真摯な姿勢は貴重だろう。「明るい色も使うこともあるのでしょう?」と会場に居た本人にお聞きしたら頷いておられたのだが、それ以上深入りしてたずねることは、なぜかはばかれた。画風に対する思い入れがひしひし伝わるのである。

・佐藤愛子「日々是好日」は、野に立つ馬であるが、馬と言えば故遠藤未満画伯が有名なので、当地方の画家は馬を描くことを避けているみたいだが、遠藤未満の馬の絵をしのぐ画境に挑戦してほしいものだ。

・黒田孝「ヒバのカムイ」は、猛禽鳥の顔を細密描写でアップした大作。迫力がある。このようなクローズアップのモチーフは、一点豪華主義であまり評価されないことが多いみたいだが、丁寧に描いた細密な鳥の羽の模様が猛々しい猛禽の内面を映しているようで、一般受けはするだろう。

・藤田悦子「盛夏」「エゾキスゲ」の二点の静物画は水彩のようだが、油絵のように絵の具を盛り込んで独特の色感を表現している。淡彩の水彩ではなく、水彩絵の具を盛り込んで透明感をだしたところが手法的に新しい挑戦であろう。

・長尾美紀「観」「毒の花」「うつろひ」三点は、日頃の修練と学びの道程を生真面目に見せてくれるところが観覧者に好感を抱かせる。日々工夫と思案の繰り返しが絵画の現場のはずだが、無心に描く時も必要に迫られて描くときも、心境の変化、体調の変化が微妙に作品に反映するもので、それが良く出る場合と悪く出る場合があり、作品とは微妙なものらしい。

・川上真須美「森の片隅」という謙虚な題名がついた小品の描写だが、愛情深く丁寧に描いた作者の心境が観覧者に伝わって来てほのぼのとする。絵を描くことによって心が洗われることもあるもので、また、作者のその心は、何気なく観覧者の魂を揺り動かすのである。

・上水啓子「迷い」は、イエロー、グリーンのおぼろな花を描いた作品なのだが、そのおぼろな色彩が、モネの絵画のように観覧者の心をゆったりとさせるのである。強い作品も訴えてくるが、おぼろに煙る色彩にも訴えて来るものがある。

・田村純也の立体石彫りの絶妙な作品を並べた中央の数点が人目を惹く。石の滑らかさと固さと存在感。平たく伸ばしたり、縦に小山のように刻み込んだり、建築物のように空へ伸ばしたりと、大技、小技を駆使した石工の技量を拝見して、感嘆しっぱなしであった。貴重な仕事である。しゃれた応接間か事務所、企業の社屋の玄関に飾りたいものである。

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[276] 新道展苫小牧支部展 その2 吉田隆一の新境地開拓のコラージュ、内海一弘・島広子のリアリズ、今田博勝の土俗的顔の群像の魅力、新人・中堅の実力ある描写力

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 7月 5日(金)15時54分16秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

苫小牧の美術界の走りは遠藤未満を中心に太平洋戦争開戦前の戦前に立ち上げた「苫小牧美術協会」に始まる。戦前の公募展「北海道美術協会」(道展)、戦後発足した全北海道美術協会(全道展)、昭和三十年代の「新北海道美術協会」(新道展)、昭和四十年代の道美展と枝分かれし、それぞれ苫小牧支部の発足による活躍があり今日を迎えている。

・新道展支部の経緯は、「その1」で紹介しているが、金子正初代支部長以降、曲折を経て吉田隆一支部長から今日の今田博勝支部長にバトンあとタッチされてきた支部の中心作家は、何と言っても吉田隆一である。伊達高校時代から描き出した早熟の画家で、武蔵美の先輩には当地方の代表的な画家である故鹿毛正三、故池本良三がいる。

吉田隆一は伊達高校時代、胆振地区の高文連の絵画展では、苫小牧東高の千葉恒雄、苫小牧工業高の故友井勝章らと競い合った仲だと言う。若い頃は「のらくろ」の漫画で有名な田川水泡らが所属していた「一線美術」に出品していた才能。最近はコラージュ(糊付け)手法を一歩深入りして、最先端機器の部品を利用、これに写真、雑誌、布などを貼りつけて宇宙的なイマジネーションを訴える世界を独自に開発、全道的に注目されている。

今回の作品は、「たそがれ」「連鎖と系譜」という大小二作品だが、貼り付けた部品や写真の小物が、それぞれ物語る交響楽的世界が広がって異色。
「Blow in the wind」という文字の書き込みや英語詩の一節を筆書きした詩的な落書きや小さな写真の貼り付けなどのコラージュが童話的、SF的物語を観覧者に語りかけ、詩人画家吉田隆一の面目躍如である。最近は日本の古代史の謎を執筆、また青春小説も発表するなど作家活動にも意欲を見せている異色の存在だ。


・島広子「無題」「年輪」の大作二点は、労働者か農夫らしき人物の逞しい指と顔の巨大なアップをリアルに緻密に描いた迫力。圧倒的な存在感に観覧者は呆気にとられて見守るばかりだ。理論物理学者は宇宙の生成の成り立ちを希求する公式を求めているが「単純なものほど美しい」と、語るのも一理あり、である。複雑なものは単純に、単純なものは複雑に考えるのが、美意識の世界の道理だろう。なぜこの作者は、顔を凝視し手の指を凝視するのか、その疑問の思いが観覧者をその場に釘付けにする。

・堅田智子「白日夢ーdaydream」は、真赤の広がりを大きく描いた抽象大作と小品二点。語ることが多すぎると、画家は抽象に走る。あるいは、具象の描写に満足しないと、すべてを語りたいために抽象へ向かう。形と色彩で語る画家の仕事は、語り過ぎるか語り足りないかのどちらかに行き着きがちだ。だが、それは現実の世界の話で、夢ともなれば混沌が過剰にあるだけで、理路整然とした公式的な世界やリアル感はきわめて薄いものだ。夢はシュールな世界であり、抽象の世界なのだが、映像的で色彩が薄いもののようだが、この作品は鮮烈な色彩の世界。作品題名を色々考えた末にこうなっただけで、作者は実際に白日夢を見たのかどうかは、問いかけても無意味なことだろう。常に絵画は哲学的な解釈の内側にあるものだ。

・山崎禮子「再生」は、一見拡散的に見えるが、作者が求める世界は求心的な内面性だろう。「なぜ、私は作品を描いているのか」ふとそんな疑問が頭をもたげるとき、日常を忘れて没入するものを探す。この作家の内面に碇を深く下ろしていくとき、歓喜の音響が聴こえて、それがバタリと突然止み、今度は霧のような沈黙が訪れ、顔を上げて、もう一度キャンバスを凝視したくなる。そんな作品を見直して、観覧者は我に還るのである。

・居嶋恵美子「領域」は、漫然とした淡々しい色彩の広がり・・。それは、未だ作品の終着点が見えない旅の途上のように迷いと確信が作者の中で交差した状態を示しているかのようだ。色彩をいじり、形をいじっているうちに、それまでは見えなかった茫洋とした目的地が次第に見えてくる・・・抽象絵画を描くアトリエの現場には、まさにそのような作者の心理状態の浮き沈みがあるはずである。そのたゆたう時間に身をまかせる画家の心境には、見えてくる実体と見えない苛立ちと迷いのせめぎ合いがあるはずだ。そんな作者の心理が読み取れるこの作品は、今後どのようなものに変化していくのか愉しみである。

・三浦恵美子は大作の「チフス」と小品「ピースフル」二点。大作は仰向けにうずくまった人物が室内らしき場所に宙に浮いている図柄の迫力を訴えかける灰色基調色。大きいだけ欠点がカバーされる場合と、大きいゆえに描写の未熟さが目立つ場合がある。小品は作者が会得した技術をいかに見せるかがポイントで、ゆえに小品と言えど手抜きはできないもの。この作者はそれを心得ていて、つつましく念入りに仕上げているのである。それが心地よい。

・木内弘子「メッセージ」「無想」の二点。仄かに楚々とした色彩の競演に作者の心情が、美しい告白小説のように、恥じらいがちに架けられていた。慎ましい作品は、大作の迫力のなかに埋没するかのように思えるが、さにあらずだ。丁寧な色重ねと色彩の抽象モチーフと調和した解釈が、存在感を示していて好感を持った。

・内海一弘「路地の昼下がり」「不夜城」の大作二点は、意欲的な実写的リアリズム描写で観覧者の目線を魅了している。「路地の・・・」はビルの壁に取り付けた水道、電気、ガスなどのメーターの様子を丁寧にリアルに描写している。「不夜城」は、苫小牧東高出身の作家・馳星周の出世作の題名であったな、と思いながら見つめた。まさに、都会のネオンに満ちたきらびやかな風景を、実写さながらリアリズムに徹して描いた作品で、その粘り強い描写には感服した観覧者も多かっただろう。異色のリアリズム派として、島広子と並んで注目したい作家。

・長尾美紀「観」「毒の花」「うつろひ」










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[275] 洗練された会場を包む活気と静寂の交響は、新道展苫小牧支部展 その1

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 7月 4日(木)15時57分18秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

新道展苫小牧支部展は、7日まで苫小牧市の活動センターで開かれているが、
新人とベテランの作品が互いに響きあい支え合って絶妙のハーモニーを醸し出し観覧者に心地よい静寂を届けてくれていた。ベテランの吉田隆一のドラマチックな物語、居嶋恵美子の天上的な淡々とした色彩、今田博勝の地上的な神話的な宴、迫力ある島広子のリアリズム、内海一弘の映像的な実写実、田村純也のスマートで静寂に満ちた石の存在感など洗練された詩想を受け止めて充実した会場であった。

・新道展初期の苫小牧支部は、北海道の抽象画の草分け菊地又男のテコ入れに始まり、初代支部長の金子正、長沢晃、吉田隆一の三トリオの絶妙な交響的交友から始まる。会えば芸術論に花を咲かせ、昭和四十年代から五十年代のバブル時代の絵画教室全盛時代、お弟子さんたちの発表会の打ち上げ会に、にぎやかに街に繰り出したころのことが思い出される。

・そんな交流の中から新道展の描き手たちが育ってきた。初期の女性会員で忘れられないのは、金内敬子、亀谷葉子さん。実質的に新道展を下から支えてきたのは女性会員であったのは自他ともに認めるところだろう。こうして書いているときも、早逝した若き才能たちの顔と作品が彷彿として蘇るのである。

・ここで新道展の歴史と苫小牧支部の初期の人脈をかいつまんで紹介してみたい。
新道展の創立は、昭和31年7月16日。創立会員は27人。
第一回展は同年8月4日から10日まで当時の札幌産業会館で開かれた。

10年後、第11回展で初代苫小牧支部長の金子正さんが市長賞を受賞し会員に推挙されている。第15回展で今田博勝さんがHBC賞、長澤晃さんが毎日新聞賞を受賞、苫小牧支部の基礎が固まる。

昭和46年、第16回展で白老の小出昭三さんが奨励賞、会員推挙、翌年長澤晃さんが会員に昇格。昭和51年、第21回展で吉田隆一さんが北海タイムス賞、翌22回展で道教育委賞受賞、第24回展で会員に。第27回展で今田博勝さんが市教育委賞で新会員に。

このような足跡を振り返ると、当時のことがありありと瞼に浮かんでくる。

   ・ありありと瞼に浮かぶ思ひ出の映像懐かし40年の道  石塚 邦男







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[274] 道展苫小牧支部の作品感想 その2 千代明の詩想豊かなシュールリアリズム 新人の挑戦と冒険の傷跡

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 6月24日(月)10時31分32秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・ダダやシュールリアリズムの系譜の思想や作品に興味を示さずに来た
手習い画家の作品には、現代絵画の基本的な構成要素が欠けている気がする。
これは重要なことなのだ。初期のシュールリアリズムの巨匠アンドレ・ブルトンの言葉を借りると「あなたは何者か、それを知るにはあなたが何者と付き合っているかを知ればよい」という有名な言葉があるが、画家の本質を知るには、その精神経歴を知るといい。

・その精神経歴は、作品を観れば一目瞭然なのだが、精神的教養の経歴がないのに、作品において先天的に身についたシュールの思想を体現している作家がまれにいるものだ。それが、注目の千代明という作家のデビュー当時の作品であった。
四十数年前、千代明という作家が初めて道展に出品し始めた作品を観たものだが、その二十代の初期の作品は、まさにその先天的な才能をいかんなく発揮していた作品であった。あのバブルの八十年代に彗星のごとく現れた千代明の作品に接したときの驚嘆を思い出す。

・千代明は、まさに北海道の生んだ本物のシュールリアリズム作家の一人であろう。だが、そればかりではない。彼はシュールを超えた宇宙的神仙境地を開拓している稀有の作家の一人といえることだ。
今回の作品も素材はバラエテイーに富んだ発想豊かな異次元造作である。素材を発想と結びつける詩的才覚は超人的なもので、その豊かな詩想は汲めど尽きせぬものがあるがごとしだ。

・白木里佳「スカイサウンド」は、<空の音響>とでもいう意味だろうが、拡声器のような金属打ち出しの力作。ハンマーで叩いた痕が生々しく残るところが、野性的な魅力になっていた。企業の社長室や事務所、役場の市長室の片隅に置くとダイナミックな意志力を感じさせるため、社員や職員を鼓舞する意味で象徴的作品としてうってつけか。

・安住賢一「くりかえしのかたち」は、暗喩的な立体小品なのだが、灰白色の色付けが静的な存在感を訴えかけて気になる作品。校長室のガラスケースには似合う作品だろう。

・奥野侯子「花」の小品数点は、楚々とした感性で、安らぎを覚える作品。大作に取り組む傍ら、このような作品は心を落ち着かせてくれるもので、一般家庭の玄関などに何気なく飾りたい作品。

・工藤幸俊「静寂」は、渓流の流れを自然体で描写した作品だが、自然観察が細やかで生き生きしているところに描写力を感じる作品である。

・佐々木茄鈴「土に還れば皆同じ」というニヒルな題名の付いたF10号ほか2点で、未だ模索中の作品であろうが、初々しい静物構成、人物描写の彼方に仄見える確かな展望がこれからの道を示しているようだ。

・馬場静子は作品に一段と風格が出て来てますます冴えをましている。細部に揺るがせにしない精神の張りがこの人の作品を輝かせているのには敬服する。数少ない当地方の日本画の伝統を継承する若い世代を、何とか育ててほしいものである。

・注目は遠藤佳代子、山本孝子、千代真奈美の女性三人の若手。若手と言ったのは年齢のことではなく、作品に向かう若々しい精神性のエネルギーのことである。老舗公募展の今後を予兆する確かな手応えが、諸作品に横溢しており、飛躍が期待されるトリオ。まさに停滞ムードを跳ね返す発条になる中核であろう。

・高橋マサ子の大作は、暗青色の空間に一筋の道を暗示する抽象画構成でこれはこれで佳いにしても、現在の重々しい時代には、暖色が支配する明るい背景を基調にすると、訴えて来るものの希望を暗示させるもので、暖色7割、寒色3割に配分を変えれば、一段と冴えを増すように思うがどうか。

・いずれにしても、各自一つの峠を超えようとする意志を感じる支部展であった。
 一首献上したい。

 ・海霧(じり)深き街の屋根屋根おぼろにて海鳴る季節を絵筆にたくす
                        石塚 邦男

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[273] 道展苫小牧支部展を観る 白木里佳の彫金の力業、山本孝子のメルヘン的色彩感性

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 6月22日(土)23時00分48秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・北海道展苫小牧支部展は、明日二十三日まで、苫小牧市若草町の
「苫小牧市活動センター」で開催している。

・出品者は次の通り。

  千代 明、奥野侯子、馬場静子、白木里佳、遠藤佳代子

  高橋マサ子、千代真奈美、山本孝子、安住 賢一

  工藤 幸俊、佐々木茄鈴


・今年で五十四回展である。この北海道展は北海道で一番古い歴史を有する伝統の公募展。戦後生まれたのが全北海道展、次いで新北海道展と枝分かれして行く。平成に入って日本の慢性的な不況時代に入り、少子高齢化の波をもろに被り美術界も停滞ムードに覆われる。

・この支部展もひと頃に比べて、規模もかなり縮小され、人数も半減している。
それでも、作品の質の面では小型化したとはいえ、新鮮さを失っていないのは、会員の精進の足跡を読み取れるからである。

千代明の造形的実験作、白木里佳の彫金の力業、安住賢一の抽象的立体の不思議、
山本孝子の小品ながらメルヘン的感性など観覧者は多くの啓示を作品から得るに違いない。

(つづく)

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[272] 道展苫小牧支部展を観て来た

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 6月22日(土)15時37分48秒 KD106129208144.au-net.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

苫小牧活動センターで開かれている支部展を見た。
会場案内人はベテランの高橋マサ子さん。
昔の話をしながら、一点一点じっくり観賞。
やはり、めっきり人数が減っているなか、新しい才能の芽生えも確認。後ほど作品感想を書きます。

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[271] 「札幌文学」作品「侠客の死を見た少年」完成

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 6月18日(火)20時07分30秒 KD106129210037.au-net.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

榎本武揚の少年期、父の円兵衛に連れられて、侠客・国定忠治の磔を見に行った体験を45枚にまとめ脱稿、2回の校正を終了しました。
珍しく久方ぶりの時代ものですが、父と子の微妙な情愛の話。

・今月中に「苫小牧文学史」50枚あげる予定。昭和の30年代から40年代の話を中心に。

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[270] 書き手からのお手紙公開

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 6月15日(土)16時36分50秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・過日は掲示板(全国文芸同人誌掲示板)に「勢陽」31号を批評くださいまして
ありがとうございました。代表の水田をはじめとして一同よろこんでおります。
拙作「号令」についても詳しく言及してくださったことありがとうございます。
初めて書いた小説ですので、感慨もひとしおです。年一回の発行ですので、
次号をお送りできるのは来年になろうかと思いますが、読んでいただけるように
がんばりますので、これからもよろしくお願いします。
  八尾市渋川町  桂 一雄 (2019年5月12日)


・石塚さんの評論をいつも読んで文章の作り方を学んでいます。
特に「読み手」と「書き手」の区別をやさしく説かれていて参考になります。
私のペンネームの町田修二の作品は、それを意識して仕上げようと思ってます。
私の書きたいことが読み手を満足させ得るかを、いつも頭において書きました。
説明部分をなるべく少なくして、登場人物の絡み合いを明快に描きました。

・それから、「せりふ、会話」に神経をつかって書けというのも、とても重要な
教えでした。
その小説が良くできているのも、会話が生き生きしていなければならないことを
再確認しました。その人独特の話しぶりがあります。その区別ができなければ、
真の小説とは言えないことがわかり、筆が進みました。

・「いぶり文芸」の古代史は、とてもほめてもらい、力強く感じてます。
これは、私の独自の評論ですので、「読み手」をあまり意識していないので、
私の論調が読み手に伝わるかどうか心配です。
三部になり粛慎との闘争の場である奥尻島に移っていきますが、
あまり読み物風にしないで、あくまでも学術的解明をもとに進めていかなないと、
浅い古代史論になりますので、ゆっくりと展開していきたいと思ってます。

・石塚さんの評論をパソコンで学習している人間がいることを忘れないでください。
                 遅すぎた文学青年  吉田 隆一

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[269] 新道展苫小牧支部展は、7月2日から

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 6月13日(木)18時08分57秒 KD106129210037.au-net.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・友人の吉田隆一さんから案内がありました。苫小牧在住の方は観に行って差し上げてください。この支部展は、掲載板に作品感想を載せる予定。新聞社時代は、主な展覧会は感想評を新聞に作品の写真つきで載せたものですか、またやりますか。

・会場は、苫小牧市民活動センターで7月7日まで。
参加者は次の通り。

  居島恵美子、今田博勝、上水啓子、田村純也、
  藤田悦子、三浦恵美子、山崎茘禮子、吉田隆一、
  堅田智子、木内弘子、島弘子、長尾美紀、
  内海一弘

・招待作家 黒田孝、佐藤愛子(室蘭支部)

・最近は、一般人の若い画家志望の人たちは、経済の低迷が影響してか、めっきり少なくなったようす。年輩のベテランも、定年退職を迎え自由になるお金が少なくなり、経費のかかる大作を描いてゆく余力がなくなり、筆を折る方も増えているようです。特に女性はご主人が定年退職して、金額のかさむ活動が出来なくなり、筆をおく主婦が目立つといいます。悲しいことですが、残念です。

  ・君もまた筆を折るのか才能をうもらせるは惜しいと思ふに       石塚 邦男

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