根保孝栄の文芸掲示板



カテゴリ:[ 趣味 ]


301件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[341] 短歌最近作

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2020年11月30日(月)14時53分45秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・一日を送りしあとの雪模様いまだ稿を書き残したり
・くしやみして鼻毛の位置の乱れ知る晦日近づく日を惜しみつつ
・手書きより良く見ゆる文字打ち終へて今夜食む餌を考へてゐる

・指先の痺れ気にして手を休め日の傾きを窓に仰げり
・静かなる午後の書斎の机に微睡むいつ眠りしか定かならねど
・コロナ禍の巷の騒ぎ気にならずこれまで生きて来たではないか

・始まりも終りもないかこの宇宙広大無辺に静まりて居り
・たちまちに眠気の襲ふ午後の日の鈍き光に筆は進まず
・うかうかと忘れしことも数多あり電子レンジのお握りふたつ

・文春の一冊買ひて持ち帰る「検証コロナ対策」特集

http://6909.teacup.com/nebo/bbs




[340] 「苫小牧文学の歩み」素人集団にしては合格点だが・・・

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2020年11月27日(金)22時48分17秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・苫小牧市文化団体協議会創立50周年記念行事の予算で編まれたもの。時代時代で文学活動の記録を整理、集約しておく試みはいい。だが、課題もある。隠れた史料の発掘、調査まで行き届かず、生存関係者が自分たちの足跡を残すことにかまけているずさんな編集姿勢は反省すべきだろう。時間も予算も人材も足りないのは分かるが、効率的な作業、緻密な取材を行う姿勢が足りなかったのではないか。

・私の聞くところによると、協力者の介入を拒む姿勢が組織の中にあったやに噂されているのも、真偽は別にしてもキナ臭い感じである。

・また、積極的に取材した気配が皆無で、図書館所蔵の資料を書き写すことが主体であり、ほとんど関係者の中に潜り込んで取材、資料発掘をした様子が皆無であることも、見事なほどの無能ぶりである。

・要するに、対面を保つことに終始した程度の官僚的な資料収集に終わったということであろうか。編纂委員からして素人をかき集めての出発であるから、3年を要した割にはずさんでありきたりなのは当然であろうし、一方で素人の集団にしてはよくやったという評価も当然でてきてもおかしくはない。ま、この程度で終わることは、よそ眼には予想されたことではあったが、これほどずさんとは思わなかった、という厳しい意見は当然出てくる。

・文学する者として、巻頭言、編集後記はそれらしく冴えた文章で飾るものだが、この場の巻頭言、編集後記などは、一般のお決まりの官僚的な言葉を書き連ね、およそ文学者とは縁遠い陳腐な言葉で終わっているのは、予想されたこととは言え失望を禁じ得なかった。ここは文学する者の内より湧きあがった言葉で締めくくってほしかった。残念である。

http://6909.teacup.com/nebo/bbs



[339] 場違いの香典 義理堅い親分

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2020年11月19日(木)00時16分14秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・小、中、高の少年時代、特定のグループに所属したことはなかったし、自分でも徒党を組むことはしなかったが、同級生や下級の生徒を虐めたことも虐められたこともなかった。ゆえに哲学書愛読の少年時代に孤立することもなかったのは、親父が新聞を発行していたり全紙の新聞販売を一手に引き受ける独占的立場にあり、多くの従業員を抱えていたため「あいつとことを起こすと仕返しされる」と見られていたためかもしれない。

・世間的には「石塚組」とヤクザっぽい家系に見られていたふしがあった。
それで、石塚はヤバイ奴で触らぬ神に祟りなしとされていたのだろう。

・小学校の五年生くらいのとき、当時20代前半の霞のジョージという町で一番の暴れ者ヤクザを親父が二週間ほど家に匿っていたことがあった。
何か警察に追われていたらしく、家に閉じこもったきり私たち子どもと一緒に食事していたことがあった。霞のジョージが家を出て行くとき、日本刀を一振り親父に預けて出て行った。

・その日本刀は長く押し入れにかくしてあったが、
少年の私は、好奇心から誰もいないときにそいつを引っ張りだして、鞘をはらい、
刀身を確かめて見ているうちに振り回したくなり、
部屋の真ん中で振り回していると、
うっかり柱に刀身をぶっつけてしまった。
確認して観ると小さな刃こぼれができているのに気づき、
慌てて元通りに鞘におさめ、何食わぬ顔で押し入れに戻しておいた。

・ことが発覚して叱られることを覚悟していたのだが、その刀はいつの間にか
押し入れから姿を消していて、その後何事もなく時が過ぎて行った。

・それから二十五年、ベテラン新聞記者になっていた私は、
たまたまある飲み屋に入って飲んでいると、
大親分になっていた霞のジョージが、子分数人をつれて、
向こうのボックスに座っているのを見かけた。
多分、ミカジメ代の集金に立ち寄ったみたいな様子であった。

・当時、霞のジョージはxx一家を構えて、広域暴力団の山口組に対抗する
地元ヤクザの筆頭として勢力を張っていた。


・私は画家の吉田隆一さん、同じく画家の故長澤晃さんとちょっとした高級バーのカウンターでで飲んでいたのだが、突然、霞のジョージ親分が私のところにやってきて、
「石塚さんの息子さんですか。親父さんの葬式には顔も出さず失礼してました。これは遅まきながら、香典ですので受け取っておいてください」と言って、
私に封筒を無理矢理手渡して戻って行った。

・吉田隆一さんも長澤晃さんも霞のジョージ親分のことは十分承知であったので、
香典を受け取った私とジョージ親分とのやりとりを口あんぐりで観ていたことであった。

・家に帰ってお袋に「親分から香典を預かったぞ」と言うと、
お袋は、「ああ、あの子ね。元気でしたか。立派な親分になられたことは聞いてましたが」と言いながら、封筒を仏壇に捧げて、手をあわせたものであった。

・五十年前の一万円であるから、今でいう五万円以上であろうか。何とも奇妙な香典であった。

http://6909.teacup.com/nebo/bbs



[338] 女流画家の思い出 その2 春陽会会員の居嶋恵美子さんのこと 

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2020年10月 8日(木)21時01分29秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・居嶋さんと知り合ったのは、私が40代に足を踏み入れた頃で、彼女が未だ30代前半の頃である。彼女は中川さんと同じく国画会会員で地元苫小牧地方の長老であった遠藤未満さんの絵画教室「あじさい」で学ぶ画学生であった。彼女は情感豊かな女性で、文学にも造詣が深く、現代詩、現代短歌にも関心を示す才女であったが、絵画の道を歩むことをひとつの道として選んだ女性であった。

・中央展の春陽会には、私の同年配で鵡川で建設業を営む友井勝章が先輩として存在していたが、居嶋さんを指導するミマン画伯が、中央展に出品したいなら、画風から観て春陽会がいいだろうと指導してくれたらしい。それに所属していた道内の公募展である新道展の先輩に春陽会の所属画家が数人居たことも影響していたらしい。

・私は、居嶋さんに運転免許取得の折に随分お世話になったことがある。彼女は早くから運転免許を取得していて、遠藤未満さんの絵画教室の折に、遠藤画伯の送り迎えを長くしていた方で、苫小牧署の委託を受けて交通指導員をしていた。私が運転免許を取得したばかりのとき、私の運転を見て「それではだめですよ。それではいずれ事故を起こします。私がお教えします」と買ってでてくれて、時間があるときに、運転のコツを手取り足取り教えて下さった時期があった。

・もちろん、そのお礼に、私は居嶋さんの油絵の構成や色遣いについてアドバイスをして差し上げていたのであった。ギブ・アンド・テイクの関係であった私たちは、時間があると居嶋さんは、未だ運転免許取り立ての私の車を後方にして、彼女の車先導で遠乗りの練習をしてくれたものであった。普段は優しい女性で、私が語る絵画論を素直に耳にしている居嶋さんであったが、運転の指導となると、まるで母親が子をしかりつけるように厳しい言い方で指導するので、その豹変ぶりに、私も最初は戸惑ったことであった。

・それでも、車の往来の少ない山道などを選んで指導してくれる居嶋さんの献身には今もって感謝にたえない思いである。時にカラオケに行って歌ったり、運転の指導の合間にしゃれたカフェでコーヒーを飲みながら絵画論を交わした思い出が今も懐かしく思い出すのである。

http://6909.teacup.com/nebo/bbs



[336] 女流画家の思い出 その1 独立展新人賞受賞女流画家の中川克子さんのこと

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2020年10月 1日(木)12時37分29秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・若い頃知り合った女流画家の思い出を記しておきたい。

・中川さんは函館生まれ。二十代の早いうちに結婚し、ご主人の転勤で苫小牧にやってきたのは二十代後半。彼女と知り合ったのは、彼女が国画会(一般に国展)会員の遠藤未満さんの女性だけを教える「あじさいサークル」が苫小牧婦人ホームが開館し教室を開講したころ。彼女は習い事には何事にも熱心な性格で、奥義を極めないと気が済まない、良い意味の闘争心を抱いていた女性であったことが強い第一印象であった。

・この闘争心は芸術分野、武術分野に限らず向上するためになくてはならないものだが、女性、特に日本の女性は男性に比べ薄いものがあり、技術向上の妨げになっている。ところが中川さんは、「投資した分は取り戻す」という意味でも貪欲で、他人に先駆けて向上したいという意欲に満ちていた。「ならば応援しがいがある」と彼女の応援団の旗振りの一人になった私であった。彼女の女性友だちは「中川さんは、根保さんの恋人みたい」なんて噂が立つようになったので、私は数年後、彼女のためを思って、彼女から意識的に離れたものであった。

・芸術の向上には、精神的刺激も必要なので、機会あるごとに私の友人である画家たちとの交友の場に同席させ、内面的な刺激を受けるをよう努めた。ダンスもカラオケも知らなかった中川さんが、二年もしないうちにチークダンスを覚え、カラオケのマイクも握るようになったものである。

・二年もしないうちに地元の苫小牧美術協会の協会賞を取るまでに成長した彼女の絵画的技術は、絵画の師である遠藤未満さんの教導のおかげであるが、文学作品を読み、詩を読むことを覚え、社交的付き合いとしてダンス、カラオケを教えたのは私であった。

・私たちの芸術集団と交友することで、精神的広がりができた彼女は、昨年は独立展で新人賞を受賞、独自の絵画思想も開拓して発展させ、全道展会員、独立展会員へと階段を一歩一歩踏みしめて苫小牧地方屈指の女流に成長していくのである。そして、今やカラオケは私の持ち歌である「百万本の薔薇」を持ち歌にし、ダンスも本格的な社交ダンスの大会に出場するほどになったと聞く。

・私が三十年前に教えた「百万本の薔薇」の歌を今も歌っていることを耳にしたとき、私は感無量で胸が熱くなったものであった。



http://6909.teacup.com/nebo/bbs




[335] ・短詩三編 「遠い海 近い空」

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2020年 9月15日(火)19時00分1秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・      「空」

  よどんだ空を飛ぶ影
  あの時も見えたはずだ
  街の尾根尾根をかすめて
  風切り羽根の音がする

  聴こえたはずだと思う
  仰ぎ見た眼光が
  優しかったから

  背後で何かがうごめいていたのだが
  ふりかえろうとはしなかった

  それは時間であったか
  あるいは 蒼い空間であったか
  問いかける言葉さえ
  忘れていた



    「仕草」

  果たして 光の束を折り曲げる
  重力が働いていたのか
  時計回りに進む希望を
  誰に託したというのだ

  その時 私は何をしていたのだろう
  今は思い出せない

  星辰はいかほどの正義を乗り越え
  何を視たというのだ
  美しい言葉を並べて
  強炭酸水で割る手指の仕草
  それは偽りの彩りであったというのか

  なべて物事は定理を持つとは限らない
  謡い終わったときの
  したたかな身振りを
  果たして 君は何処で学んだのか
  そして 私は次の言葉をのみこんだのだ

  果たして・・


    「狩る者は誰だ」

  途中まで 手順通りに進んだと思ったのか
  猜疑心と敵意だかのあいつが
  矛をおさめて引き下がるはずがない

  猟師は獣道のはずれに身を潜め
  待ち伏せる

  ここから 言葉の矢が放たれる
  想像してみたまえ
  狩る者と狩られる者
  どちらも矛をおさめて
  引き下がるはずがない

  狩るのは男か女か
  狩られるのは女か男か
  はたまた 獣か猟師か



http://6909.teacup.com/nebo/bbs



[333] 港造りが目的だった「苫小牧民報」入社

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2020年 8月25日(火)07時31分28秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・苫小牧民報で新聞記者生活に入ったのは、親父の代からの因縁があったからだ。
昭和の戦後、親父は「産業苫小牧新聞」という週刊新聞を立ち上げた。苫小牧に港を造る動きが具体化し、地元の後押しを必要としたため、広報が必要であった。昭和二十四年港造りの国家予算の調査費がつき具体化へと動きだす。

・週刊新聞では迫力がない。日刊紙が必要だ。そこで「苫小牧民報」が発足する。親父の週刊新聞は、そこで使命を終える。親父のところで働いたことのある記者が炭谷肇、中澤啓次という二十代の若者。この二人が中心になって「苫小牧民報」が船出したわけだ。

・そんな経緯があって、「港造り」を後押しする「苫小牧民報」に入社したのは、言ってみれば親父の遺志を継いだ意味合いであった。「そんなちんけな新聞社に入ってどうするのだ」と学友たちは言ったが、最初から高給が目的ではなかったのである。

http://6909.teacup.com/nebo/bbs



[332] 詩誌「錨地」を退会して

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2020年 8月22日(土)03時23分3秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・詩誌「錨地」に入会し直したのですが、どうも保守的な雰囲気に失望し、一年いただけで身を引くことにしました。かつての斬新な雰囲気はなく、残っている会員も雑誌発行するので仕方なく作品を書く体たらくで、「ダメだこりゃ」と失望したわけです。

・それはそれで、別に個人誌を出します。準備中です。
参加していただける方がいるなら、それも是々非々で。

http://6909.teacup.com/nebo/bbs



[330] 批評おそるべし・・・短詩形文学作品の読みは素人では難しい

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2020年 8月10日(月)10時17分12秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・「餅屋は餅屋にまかせなさい」という言葉がある。専門の道は専門家が手掛けるもので、素人が口出しすると怪我をする、の喩えである。

・テニオハの扱いを間違えず文章を書くことができる者なら、小説やエッセイの初歩的な感想の一つや二つはいくらでも書けるだろう。だが、短歌、俳句、詩作品の感想となると、そのジャンルの実作経験者でないと、実作体験者の大方を納得させる感想、評論の類は書き切れない素人感想で終わってしまうものだ。それぞれのジャンルでは、批評用語、文章構成、比喩のしかたからして異なるからだ。

・短歌、俳句、詩作品の素人感想の巧拙は、書いている本人も、自分の文章のレベルがどの程度か自覚できないものだ。特に、散文(小説、評論、エッセイ)分野で評論家と自負している御仁が、現代短歌、現代俳句、現代詩の評文を書いているのを実作者が読むと、「分かってないな」ということがありありと目立ち苦笑せざるをえないものだ。

・短歌、俳句、現代詩それぞれの分野では、散文作品を読みこむ目線とは異なる批評の在り方があり、言葉の使い方があるものである。それが見えない評文を読むと、実作者は「ああ、この人は分かってないな、素人だな」と一読見破ることができるものだ。「知らぬは本人だけ」で、本人は力を入れて批評したつもりであろうが、言葉遣いからしてなってないのは、その道の専門家や実作者の目線からすると一目瞭然である。

・一流の小説の批評家と自負する人物が血迷って、短歌、俳句、詩作品の評文に手を染めて笑い者になった例は、過去の文壇でも、枚挙にいとまがない。

・しかし、わが国でも過去に例外が一つだけあった。半世紀前、若い頃の歌人の故岡井隆と詩人の故吉本隆明が短歌の論争をしたときである。隆明は「短歌が分からなくて文芸評論家をやってられるか」と、岡井を相手に互角の短歌論争をしたことがあった。

・この岡井、吉本論争は、今も語り草になている有名な論争だが、それ以外は、すべて笑い者で終わったものである。笑われた本人は、なぜ笑われたのか、死ぬまで理解できなかったにちがいない。批評おそるべし、である。



http://6909.teacup.com/nebo/bbs



[329] 短詩形文学作品のアミューズメント化現象

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2020年 7月26日(日)06時37分47秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・短詩形文学の作品評価を小説部門の評価軸でいうところの<純文学>か<アミューズメント>かで仕分けすると、短歌と俳句は純文学であり、川柳や狂歌はアミューズメントというところか。

・だが、最近では短歌作品でも、ふざけた狂歌風な作品が良い作品ともてはやされる傾向にあり、一概に短歌すべてが純文学的作品とは言えないだろう。特に若い世代の歌人は、<面白い作品>、<奇抜な作品>をあえて評価する傾向であり、今や短歌も純文学的ではなくなっている。

・俳句の世界でも同様で、川柳的な世相を冷やかすような作品が評価される傾向が強まっており、短歌の世界同様に、アミューズメント化していて、真面目な人生訓話的、哲学的世界を描写する作品は影薄くなりつつあるのを、どう見ればいいのか。

・このように、日本における文学作品の評価軸は、奇抜で面白ければいい、というような傾向に走っており、昔でいうところの<純文学>の衰退、退化状況が顕著である。しょせん文学作品といっても、哲学や宗教の世界と違って、一般の精神文化を楽しくする性格のものであるから、堅苦しく純文学か不純文学か、シリアスな作品かアミューズメントかなどと論議するようなものではないというのも一理があり、分からないでもない。

・だが、それでこと済ませられないのが、文芸評論家の看板を掲げている階層であろう。作家論、作品論などの衰退、大学における文学部の人気下落は、このような世相を反映しているのかもしれない。この問題については、折につけ深入りして考えてみたい。

http://6909.teacup.com/nebo/bbs


レンタル掲示板
301件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。

お知らせ · よくある質問(FAQ) · お問合せ窓口 · teacup.レンタル掲示板

© GMO Media, Inc.