根保孝栄の文芸掲示板



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[256] 苫小牧美術協会の「会員、会友春季展」その2 個性的な暗喩的表現技術と方法意識の同調と異界への誘い

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 4月 7日(日)00時45分15秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・作品感想を継続する。

・美術学校で専門に美術を学んだアカデミー系統の作家は、絵画にしても立体彫刻にしても理屈が先に立った解釈で論理的に作品を作りがちだ。ところが、ある年齢になって好きで描き始めた作家や好きで立体造形を始めた者は、理論よりも好き嫌いの感覚で作品に向かう。

・絵画で言うと、美術の基礎を理論的に学んでいない者は、色彩の好みにしても構成の好みにしても、風景に向かうにしても静物に向かうにしても、自分の道は好き嫌いの物差しで判断して方向を探って行きがち。

・であるから、作品を観ると基礎力のあるなしが一見しただけで見分けがつく。
ところが、作品とは面白いもので、基礎をしっかり学んだからといって、優れた作品ができるとは限らない。基礎があっても発想の新鮮さや色遣いの先天的な才能は学んで得られるというものではないから、芸術作品の神秘性と不可思議が生まれるのだ。

・それと、注文を言うと、水彩の風景が多すぎる。面白くない。同じ水彩でも、なぜ作者だけが視る抽象画がないのか。自然をリアルに写真のように表現する、これは技術の習得、技術の練磨の段階ではいいが、<芸術的表現>とは、独自の世界観をキャンバスに打ち立てることなのだ。初歩段階では自然の模写から入るにしても、表現技術を自分のものにしたなら、次はキャンバスに自分の宇宙を描いてほしい。自分だけが視る世界、己だけの世界を描いてほしいのだ。江戸時代の日本画の世界を学んで、水彩に置き換える大胆な試みを試してほしい。水彩画作家は、<芸術とは何か><表現とは何か>に覚醒する世界観の確立、哲学の追求という思想的土台固めが必要なようだ。

・絵画の独り学びには、表現とは何か、絵画とは何かという思想的な基礎作りを欠いてはならない。職人でさえ職人の哲学を持っているものだ。芸術とは、単に上手、下手の問題ではないのだ。作者が<何を視るか>何を<視ようとしているのか>を問うことなのだ。

・田村かつこ「紫の容姿」工芸73*33は、作者の感覚の冴えを活かして表現の微妙に心地よいリズムがでている。工芸部門を手がける者は苫小牧では少ないので、人脈の継承が望まれる。身近に同じ仲間がいると情報の交換が便利で互いに刺激し合い励まし合うこともできるので、同じ工芸の道を歩む仲間を育てたいところだ。

・角田洋子「ギターとワイングラス」油彩F30号は、独特の灰色中間色の色調がユニークな作品として、作者の感性が理論に勝るものとして定着している好例であろう。地味だが静逸なキャンバスの雰囲気にはファンも多いので、この画境は貴重である。

・中川克子「断層(凛)」油彩130号は、まだ未完成の作品を実験的に展示したのだろう。裸婦人物のキュービズム風構成作品で力作であるが、本来色彩派の画家なのに、この作品は、人物構成を中心に追求しようとしている欠点と長所が同時に内在した作品。この人の持ち味は、初期には色彩派であったのに、公募展向きに作品の方向を構成中心のモノクロ色調に転換したところに新しい可能性が生まれた半面、無理も生じて限界が見えているということだろう。しかし、どのような大家の作品にも長所と欠点が両立しているもので、欠点を少なくし長所を究めるのが創作者というもので、数学の公式のように答えは一つというものではないので、時には肩の力を抜いて色彩遊びみたいなことを余技で手掛けると画風も落ち着くだろう。今後の画風の方向付けに注目。今回の実験的な完成途上の作品が、どのような変化を遂げていくか見ものである。

・馬場静子「首夏」油彩80号は、作品に風格がでてきた。多分、精神的に安定しているためか。女性創作者は精神が安定してないと、すぐ作品に影響しがちなので、作品を観ると作者の精神性が読み取れるのである。作品に風格が出て来たのは、自分の作品に対し自信が出てきたためだろう。

・平沼充安「水辺の記憶」水彩10号は、小品ながら安定した画風である。一昨年の少女の人物描写の抒情的感性は記憶に新しいが、即席にしてはまとまりをみせていた。

・星野恒隆「雪の中の館」油彩50号は、この人得意の水彩の描写力と比較して鑑賞すると面白い。油彩の描き方と水彩の描き方は、それこそ水と油ほどに違いがあるものだが、完成した作品は星野恒隆の作品になっている技術の妙である。

・室谷孝枝「樽前小学校の桜守り」アクリル水彩P20号は、追憶と思い出をキャンバスに印象つけた心象性の深い作品。長く多忙な市議会議員を経験した人生模様を心象に沈めて楽しく描いている。

・山口一子「ランドスケープ、バード」油彩F12は蓬色の基調色がこの人の特性で昔も今も変わらないマイペースが面白い。豊かなマチェールで描きなれた情感を出すところがベテランの域に達して来た。

・山田勝代「くだもの」油彩30号は、体質的に身に着けている構成と色遣いを定着していながら一歩前進の意欲が見えるところがいい。玄人風の筆遣いと色彩の微妙も処理できており、進歩が著しいことを、久しぶりの観覧で確認して驚いたものだ。小学生の頃から知っている方だが、ここまでの進歩には正直驚いている。

・山崎禮子「再生」油彩F100号は、画面に広がる三次元の空間が心地よい。年々進歩著しい人のようだ。問題は、空間派になるか造形、構成派へ進むかの岐路にたっていることだろう。自由に心のおもむくまま、進路を決めると良い。試行錯誤して、自分に適さない方向なら後戻りしてやり直せばいいのであって、数学の答えのようにいかないのがこの道である。焦らず自信を持って歩めば大成するだろう。

・山田乃理子「惜別の声」は、一見して驚いた。ニ、三年前には粗雑であった色遣いが、何と相当の大家並みに練れていることである。色彩感は当初からある人であったが、筆遣いが荒っぽい欠点があったのに、荒っぽさがなくなって洗練されてきているのである。独立展の絹谷さん的筆遣いになっているのである。ひとつの峠を超えたようだ。

・山本孝子「遥か」日本画F100号は清く澄んでいる岩絵の具の特性を心得て清々しい絵画世界を広げている。こういう作家が出てくると、厚みのある油彩陣に拮抗した展覧会の雰囲気を活性化できるだろう。

・吉田隆一「戯れの構成」油彩F100号は、パソコンの部品かテレビの部品かコラージュ的に貼り付け、色彩処理した人工的造形、風景の演出ドラマである。この人は最近、古代の武人阿倍比羅夫の北方遠征の足跡探査を日本書紀などの古代の記録から説き起こして、新説を唱える歴史家の仕事に深入りしているが、絵画の方も新しいコンポジションを示して元気なところをみせてくれた。特に今回の作品は、深読みすれば、キリスト教で言う三位一体の父と子と精霊、すなわち宇宙を現す暗喩的意味合いが籠っているようで、興味津々であった。三体の金属的ボデーを配線でつないである細かい造作をみせられると、平面から立体へ、立体から四次元空間の宇宙に観覧者を誘う新時代の予兆を暗示しているようで、興味深い作品であった。
それはあたかも、「はやぶさ2号」と交信する電波の受信器のように思えるのである。

・一首献上・・・。


 ・宇宙より微弱な電波伝へ来る「はやぶさ2号」よ無事に帰れよ 石塚 邦男

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[255] 苫小牧美術協会「会員・会友春季展」その1 創造の楽しさと勇気をもらった展覧会、絵画における表現の自由

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 4月 6日(土)18時01分43秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・4月9日まで苫小牧市美術博物館で開催中。

・会員、会友にとっては、この「春季展」は自分たちの所属する公募展を離れて
自由に発想を展開できる気楽な場であるとともに、次作へのスッテプを発想する
刺激の場でもあるところが楽しいに違いない。

・居嶋恵美子「うたかた」は油彩S100号。この人の持ち味は淡々(あわあわ)とした色彩の微妙と大らかな空間描写の抒情的画風。一時期のリアルなピアノの存在から展開する色彩と空間の響きあいからデフォルメを進めて抽象化、ピアノの連弾のごとき音の点滴に着想して抽象化を深め抒情を拡げる画風へと転位している。しばらく観ないうちに肩の力が抜けて、色彩の点滴を楽しむようになったことは、今後、新発想による画風の四次元的変質を予兆させる。ただ注文を言えば、抒情だけでは公募展の迫力の中で印象が弱いので損をするだろう。

・伊藤幸子「天壌無窮2」はミックスメディア手法の150号の大作。公募展を見慣れた鑑賞者にはこの人のダイナミックな画風は馴染み深いだろうが、初めての観覧者には度肝を抜かれる迫力であろう。モチーフの円サークルとブラウン色彩の交響コンポジションであるが、未だ自分の画風を堅め切れていない未知の可能性を秘めてダイナミックな道を歩む途上の魅力。

・上水啓子「迷い」はF100号の油彩。題名にもかかわらず、画風の方向には迷いがなく突き進んでいる感じで勢いがでているのは嬉しい。

・内潟光尚「イエローレモンの原野」F30号の油彩は、二昔前の暗色主体の基調色は嘘のように影を潜め明るい暖色の基調色で統一しているところが、別人のような画風の変質。重い暗色から軽い暖色に変わったことで大らかな大家らしい画風が出て来た。もちろん昼の原野の広がりであるから、イエローレモンなのだが、かつての深刻な画風からモダンな明るい色彩に変わったことで原野と人間世界の交響楽が観られたのは観覧者の幸せであろう。

・姉崎勝彦「千葉県佐原にて」油彩F20号は、この画家が30年手がけてきた点描的な中間色の色合わせ技法に磨きがかかり、独特な柔らかい質感を持つ風景画法をものにして風格が出て来た。繊細なマチエールの技法は、この画家の体質から来るもののごとくで、一貫して変わらないのは貴重。この技法を後輩にぜひ継承してほしいと願う。

・加藤和東「ファスナー」油彩М40号は、この人の詩人的持ち味の発想に重点を置く物語的色彩演舞。美校出身の画家は理屈っぽく画面を処理しがちなところが目につくというが、この人は長く画材店を経営、目も肥えているため、自分の画風にこだわるむきがあり、それがプラスに働いてわが道を行く画風の創出になっているようだ。

・菊地章子「ポカポカ気分」油彩F120は、この人の持ち味であるブラウンイエローの基調色はここ30年変わらないが、画面構成の造形が円的な丸みが増して穏やかなダイナミックスに徐々に移行してきたようだ。静的なものから動的なもの、動的なものから静的なものへと転位するキャンバスのモチーフは宇宙的な混交となって魅惑する。

・工藤裕司「異聞」油彩50*70は、詩人らしい抽象性が観る者のイメージを刺激してやまない。この人のお兄さん工藤栄一さんは有名な映画監督で、昭和38年時代劇「13人の刺客」で片岡千恵蔵主演の殺陣に新境地を開拓した監督であるが、兄弟そろって新境地に挑む姿勢は変わらない。

・栗井典子「4月」コラージュB2は、色紙などの切り貼りで小曲を奏でる楽しい作品だが、精魂込めて造形した大作を久しぶりに拝見してみたい。小手先の妙は技術者なら誰しもが身に着けているもの。渾身の大作に挑んで初めて新境地が見えるものである。

・佐藤公毅「私の空へ」彫刻H61は、この人らしい無邪気な仕事が楽しい。自分も愉しみ観覧者にも楽しんでもらえる願いが見えて微笑ましい。楽しむことで創造のエネルギーと持続性への勇気が生まれるものだ。そのことを知っているのは、子供たちに教えた教師の体験があるからだろう。若い頃は創造の苦しみに立ち会うことも必要だが、齢を重ねて楽しむ勇気をこの人のように創造者は持ってほしいのだ。

・佐藤康幸「Slash]造形90;60は、空間の空気がその場で静にそよいでいるがごとしで、こういう作品があると、会場が引き締まる。立体から誘う異次元の舞踏を暗喩し観覧者に新しい空間を提示している。

・佐藤静子「揺籃」油彩50号は、筆の塗りと運びに緩急が出ていて、刺激的だ。かくまで成長してきた30年の歳月を思う。

・白木里佳「流星サウンド」彫刻H65は、久しく美協展を観てなかったので、新しい発見であった。瑞々しい感性が空間を引き締めており、立体から放つ静かなエネルギーに酔うことができた。

・高橋マサ子「樹」油彩F50号は、30年の年月を超えて再見して観ると、かつての画風に比べ別人の感想を抱かせられた。色彩が別人、絵画的解釈が別人になっていた。作品の本質が大きく変わる者と変わらない者がいるが、この人はあるとき悟りの境地に気づいたのかもしれない。

・安住賢一「地平」3彫刻60:65;100は、これまた楽しく作品の前でしばし沈思できる逸品であった。作品を前にすると色々な想像力を掻き立てられて楽しい。引き締まった空気と緩急の空気のそよぎを感覚したものである。

・一首献上。

  音楽の響きとなりてキャンバスにトレモロのやうに君は歌へる  石塚 邦男

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[254] 「全国同人雑誌文芸掲示板」は下記のURA

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 4月 5日(金)12時15分33秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・この場の「根保孝栄の文芸掲示板」は、個人的な周辺の事柄を主体に
書き込んでいるもので、別に「全国同人雑誌文芸掲示板」の場では、
手にした文芸関係の雑誌、単行本を論評、感想を述べる場であります。

・雑誌、単行本の感想は「全国同人雑誌文芸掲示板」にて論評してますので、
そちらを見てください。なお、両掲示板とも、書き込みは歓迎してますので、
遠慮なさらず書き込み自由ですので。

・「全国同人雑誌文芸掲示板」のURAは以下に。

   http//6928.teacup.com/377612377612/bbs


・よろしくお願いいたします。

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[253] 若者の保守化で野党は弱体化するばかり

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 4月 5日(金)12時00分50秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

かつての社会党から民主党への流れは、野党の衰退の歴史だった。
官公労に軸足を置いていた左派の政治勢力は、極左と言われた共産党
を別にすれば、形をいくら変えようが官公労と大手企業の労働組合の支援が主軸。
こうなると、大衆に支持されない組織的な脆弱さは変えようがなく、
大衆の協賛を得ることなく陥没、分裂を繰り返すばかりであった。

特に、平成に入ると若者の右翼化が顕著になり、政治に対する
若者の無関心化がすすみ、時代はネット世代の台頭で
ますます保守化が進むことになった。

政治はすでに若者の関心の外にあり、野党は組織的にも機能しなく
なっていく。野党を支持するのは、六十年安保世代、七十年安保世代の
高齢者層のみで、二十代、三十代は保守支持層となってしまったのである。

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[252] 石川啄木に限らず歌人は日常・・私の場合は・・

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 3月30日(土)08時32分47秒 KD106129211210.au-net.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

歌人ともなれば、日に何10首も一気に作る。
私も作る時は、一時間に20首、30首、作ることをする。詩作でも、興にのれば一時間に一編は、一気に作るものだ。石川啄木は、読書に疲れると、コ-ヒ-タイムのように、煙草一服のように短歌、詩作品を作った。

・私も短歌、詩作は煙草一服時間、コ-ヒ-タイムに作る。長ものを書いて疲れたら、コ-ヒ-タイム、煙草タイムとして、骨休めに短歌、詩作をする。つまり気分転換である。

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[251] 中央大学の「ペンクラブ」の学生文芸誌「白門文学」と詩誌「ルフラン」の活動 その1

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 3月29日(金)21時15分48秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・学生時代のことを少し語り残したい。
中央大学のペンクラブは学生の自主的活動で運営するクラ運学部がブ活動のひとつであったが、創作中心の「白門文学」、現代詩を中心とする短詩系の雑誌「ルフラン」を、それぞれ年二回から三回発刊していた。経費は全額学校負担でまかなっていた。おそらく、今の金額にしたら、年間費用は百五十万円くらいと思えばいい。

・なぜ学校側が、学生の文学活動にこれほど力を入れていたか、を今現在の位置から憶測してみると、中央大学に文学部が設けられたのは、戦後間もなくの昭和25年。これは、北海道大学に文学部ができた年と同じ年である。また、この年には早稲田大学に法学部ができていることなどを考えると、戦後の人口増加などで、各大学はカレッジ方式重点から、総合大学化を目指して活発な学部増設に踏み切っていたことと呼応するだろう。

・北海道大学が伝統の農学部から理学部、医学部と拡張され、文学部も増設される足取りを歩んだことを顧みれば、戦後の総合大学化の意味合いが理解できるだろう。
中央大学も看板の法学部から理学部、経済学部、文学部と総合大学化の道を歩んだのである。

・中央大学の文学部新設により、学生の意欲を盛り上げる意味で、クラブ活動の「ペンクラブ」に学校側の予算を投入することになったのは、学校経営として当然の手当てであったろう。文学部の哲学科新設においても、学生の自主的研究を促すために学校側は、学生主導の「哲学研究室」に予算を投入、年一回の会の親睦誌「サラマンドラ」に予算をつけ、研究紀要誌に予算をつけて、学生の自主的活動を支援したのは当然のことであったろう。

・昭和30年代当時、東京都内の学生文芸誌の活動は、石原慎太郎、大江健三郎などの学生作家のデビューによって刺激を受け、かつてない隆興時代を迎えようとしていた。
ちなみに、安保闘争後の昭和36ー37年の東京都内の大学における<学生同人誌>を、アトランダムに挙げてみると、
「早大文学」「本郷文学」「文芸法政」「東大文学」「一橋文学」「三田文学」、立教大学の「セントポール文学」国学院大学の「枕龍文学」などなど隆盛を極めていた。普通の学生も「文学界」「群像」「新潮」「文芸」などを読んでいたものである。

・そして、この学生同人誌興隆を演出したのは、各大学の近代文学の講座を持っていた「近代文学」などで文芸評論を書いていた若い評論家たちであった。学生作家を育てれば、大学の受けも良くなる、大学の名も上がる、というわけである。

  ・東京の高速道路の工事も始まりし学生文芸盛んなり  石塚 邦男

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[250] 海花の道

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 3月28日(木)10時07分37秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・わが問ひを拒みて女の眸は沈む海面は群青に照りて光れる
・苫小牧前浜の岸夕づける波花白くわが足に寄る
・低く這ふ蕾はハマナス足元を見れば逝きたる人影ゆれる
・怠慢の心を過ぎる浜風の行方は追はず岸辺を歩む
・朝の陽を眩しく仰ぐ人影に添ひて行かんかわが身の影に
・群青に輝る海の面に風わたる佇むことを知りて幾年
・波花の寄り来る浜は夕づける恋しきひとの影さへなくて
・鬱うつとこの世に残る人影の薫りを追ふとき海は夕凪
・移ろへる時の遅速を想ひつつ踏みしだきゆく海花の道


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[249] 新発見の鹿毛、福井、能登さん巨匠の回顧3人展の充実

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 3月25日(月)14時26分57秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・苫小牧市立美術博物館で先週開かれていた
「我が家の所蔵展ー鹿毛正三、福井正治、能登正智三人展」は生前から人気があった
地元ゆかりの代表的な画家だけに、鑑賞者も一日数百人という盛況でにぎわった。

・鹿毛正三(1923-2002)は苫小牧生え抜きの画家。武蔵美術大の前身である
帝国美術学校を1943年に出た戦後派第一期世代。その後、
苫小牧市内で美術教師をしながら風景画に新境地を開拓した画家。

・風景画に独自の画風を確立し、苫小牧地方では人気ナンバーワンの
風景画家として名がある。公募展では無所属画家であるが、
根強いファンがいる画家。苫小牧地方の樽前山、支笏湖などの
風景画を描かせると北海道では第一人者の名があった。
今回は大小の油彩を中心に幅広い作品所有者に協力を仰ぎ、
37点の出品という圧巻。

・福井正治(1931ー1989)は、1943年室蘭栄高に入学、49年東京美術大学入学、
戦後の混乱期、東京遊学中に作家を志望して檀一雄に弟子入りするなど
波乱の青春を送って51年より郷里の穂別町で教員となり、
若くして全道展会員、国画会会員となる。繊細な筆の描写力と
抒情的なグリーンの基調色を使った画家として知られ、
玄人筋の愛好者、ファンは多い。
今回は油絵の大作のほかグワッシュ、水彩の小品合わせて29点。

・能登正智(1922ー2001)は王子製紙苫小牧工場に勤務しながら
無所属画家・版画家として活躍し、
特に版画に風土的新境地を開拓した画家・版画家として知られ、
鹿毛、福井とともに当地方では人気ベストファイブに常に挙げられる大家の一人。
油彩、版画、ガラス絵など多彩な黒を基調にした技法を駆使した
風土的な作品に特徴がある35点の出品は圧巻。

・3人三様の特色のある画風の魅力を、広い層の所蔵品発掘によって、
充実した新発見できた展覧であったのは嬉しい。
振り返ってみると、私は、鹿毛、能登両巨匠の没年を過ぎて
今生きているのである。晩年のお二人の姿を見ていたときは、
お歳に見えたものだが、自分がその歳を超えている今、
感無量である・・・。


 ・郷土の代表画家三人の作品展を見て心豊かなり  石塚 邦男

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[248] 映画の一場面みたいな・・65年ぶりのSMSでの会話・・

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 3月25日(月)01時43分21秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・昨日、苫小牧市高岡に住んでおられる高岡啓次郎さん(本名定司)さんから、
スマホのSМSにメールがあり、
「先日、村岡ちかこさんから、弥生中時代に同じクラスだったという
話が出ました。旧姓は千葉さんか、藤川さんかどちらかで。」
そういう話でした。

・で、私は、
「藤川?千葉?記憶ないですね。ちかこさん・・なら、佐藤ちかこさん・・・
じゃないでしょうか?」と返信したのです。
すると、返信があって、
「佐藤ちかこさんでした」という返信です。
「ちかこちゃんは、小柄で可愛い女の子でしたね。
勉強もできて、ハキハキした女の子でしたね。覚えてます。
よろしくお伝えください」と返信しました。

・すると、驚いたことに、そのちかこちゃんから、すぐに返信があったのです。
「あらま~覚えていてくださいましたか?
最高の誉め言葉で嬉しい反面、恥ずかしいです。相変わらず
ご活躍のご様子、元同級生として嬉しいです」

・そのような返信でびっくりした私は、さっそく返信しました。
「えっ、そこにいたんですか?それはそれは・・
お元気で何よりです。定司さんのご親戚になっていたのですか。
それはそれは・・またよろしくね」

・つまり、高岡さんの傍にいらっしゃって、高岡さんのメールで
ちかこちゃんが返事を送って来たみたいなのでした。

・驚きましたね。感激でした。何せ、中学を卒業して65年、
3年間一緒のクラスだった<佐藤ちかこちゃん>と
65年ぶりのメール会話ですから、浦島太郎もどきのビックリです。
でも、考えてみると、よく<ちかこちゃん>の名前を咄嗟に
思い出した私の記憶力のことを、自分ながら呆れるばかりです。

・オレ、未だボケてないな、そんな思いで自信を取り戻した感じです。
48人のクラスだったのですが、みんなの顔、今も目に浮かびます。
何せ、3年間クラス替えなく過ごした同級生ですからね。

・特に、3年の時は、クラス委員をやってたので、
クラス全員のこと、みんなより詳しく把握していたことも
幸いして、クラスのみんなのことほかの者より記憶していたのでしょう。

・ちかこちゃんは、私が覚えていたのには驚いたみたいですが、
私としては自然な記憶なのでした。それとも、他の人よりも記憶力があったのかも
しれません。

・それにしても、SМSにせよ、65年ぶりの会話なんて、
何か、映画の一場面みたいで・・・。

 ・65年ぶりSMSで会話せるSF映画のやうな同級生 石塚 邦男

 ・突然のSMSの呼びかけは65年ぶりの幼馴染なり

 ・幼友人のちかこちやんからメールあり65年ぶりのSMS


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[247] 芥川賞作家を育てる夢 その2

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 3月17日(日)08時30分41秒 KD106129219095.au-net.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・芥川賞作家を育てる夢は、当然ながら学生同人雑誌では実現できなかったが、その後も諦めなかった。故郷の新聞社で記者生活に入って、政経部に所属して港回り、企業回りをしながら、同人雑誌に関わって地元の作家の連載小説を企画、実現にこぎつける強引なことをやり、週一回の文芸欄に、文学論争、美術論争を仕掛けたりした。

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