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[265] 書き手と読み手

投稿者: 根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2019年 5月 6日(月)08時14分49秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

・書き手と読み手は、作品を通じて対話しているようだが、
実際は互いに見知らぬ者同士である。
作品を通じて対話しているように見えながら、
実は、まったくの見知らぬ同士の存在でしかない。

・作者は、自分の好みの表現方式で作品を書くし、
読者は、作者などあまり意識せずに、物語の登場人物を、
まるで映画を観るような傍観者の立場で作品を読むことが多い。

・読者の読み方は、読者それぞれ我儘な読み方をするわけで、
作品の中の登場人物に共感したり嫌悪したりと
きわめて自分勝手な自由な読み方をするものだ。

・そして、その読み方が正しいとか間違っているとかなど
面倒なことは考えず、興味があれば最後まで読むし、
興味が失せれば放り出してしまうだけだ。

・だから、偉い先生や先輩から「ためになるからちゃんと読め」と
言われない限りは、この我儘な読み方を改めようとはしないだろう。

・同人雑誌の書き手は、自分が書きたいものを書く者がほとんどで、
自分の作品が読まれるか読まれないかを意識し、
読まれるように、読めるように書こうとする意識は、あまり強くはないみたいだ。
書きたいものを書くことに比重を置いているので、
<読まれるように書く>という意識が少ないのが、
プロの作家とは違うところだろう。

・もっとも、純文学作家は、読まれようと読まれまいと、
自分が書きたいことを書くだけだという意識を
流行作家と違って強く持っていることは確かだろう。
その意味では、純文学作家は同人雑誌の書き手と同じ次元で書いていることになる。

・ただ、同人雑誌作家は独善的に書きたいことを書いているだけ、というところがある。
同人雑誌作家は、自分の作品の出来は決して出来は良いとは思ってないだろうが、
欠点を指摘されると、ショックを覚えるようだ。
だから、箸にも棒にもかからない下手な作品については、
批評する側は、内容紹介程度でとどめる批評が妥当だろう。

・あまり欠点を指摘すると、作者はショックで帰ってから寝込んでしまうからだ。

・同人雑誌作家は、散々に褒められたときは、まともに受け取って有頂天にならず、
励まされたと謙虚に受け取ることだろう。秀作、佳作なんて滅多に生み出せないものだ。





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