ウォーキンググループわらじの掲示板



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38件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[40] 第516回徒歩例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2017年 8月 3日(木)17時35分19秒 KD106174037205.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「あづまの郷森林ウォーク」
2017年6月18日(日)晴れ 参加者21名(会員17名、一般4名)歩行距離14km

 福島県営あづま総合運動公園は1995年の第50回国体会場として整備された広大な敷地を持つ公園だ。阿武隈川の支流、荒川の左岸にあって、競技場や野球場ばかりでなく、美しい花や、豊かな緑が楽しめる。今回ははそのあづま総合運動公園内と、周辺を歩く。
 仙台を発って(7:50)福島西ICを降りて10分程で公園に着いた(9:15)。公園は南北に長い形をしているが、北の民家園から見て歩く。江戸から明治にかけての芝居小屋、宿、店、農家などが、移設されている。こうした施設はどこにでもあるが、ここでは囲炉裏に火をおこしていたり、生きた蚕を昔さながらに飼っていたのには驚いた。民家園を出て競技場のある中央部に進む。途中山ユリの群生地を通ったが、時季が早くまだ蕾も付けていなかった。体育館の脇を抜け一旦公演を出て慈徳寺に向かう。
 小高い所にあって、今回唯一の登り坂だ。10分程急坂を行って寺に着いた(11:00)。境内には樹齢四五百年と思われる見事な枝ぶりの枝垂れ桜がある。種まき桜と呼ばれていて、農耕の時季を知らせてくれていたそうだ。この寺にはもう一つ是非訪ねたい所がある。本堂の裏手を少し登った所にある首塚だ。二本松藩と伊達藩の和睦の席で、突然人質に取られた政宗の父、輝宗の首を埋めたと言われる塚だ。「速やかに義継を撃て」と政宗に命令したとも、又父を見捨てたとも言われるこの事件。親子の思いはどうであったのか。
 また公園戻って噴水の前で昼食(11:45~12:40)。次はイチョウ並木を歩く。紅葉の時に歩いてみたい。両脇には紫陽花の植え込みがあるが、こちらまだ早い。その代わりバラ園では色とりどりの美しい花を楽しめた。その先はシャクナゲの丘を抜けて公園を出る。本来であれば吾妻小富士が美しい姿を見せてくれるのだか、うす曇りの中に隠れていたのは残念。
 最後に地蔵原堰堤にむかう。荒川はその名の通り、何度となく氾濫を繰り返してきた川で、人々長年は川と戦ってきた。大正14年に完成したこの堰堤群は国の登録有形文化財にも指定されている。大きな落差のある堰堤から、幅いっぱいに落ちる水の姿は迫力があり、美しい(13:50)。辺りには大きな石がゴロゴロしていて、往時を偲ばせるが、今は人々に憩いの場を与えてくれている。
 堰堤の下を渡って右岸を下る。小富士橋の下をくぐり、今日の終着地「四季の里」に着く(14:25)。ここにはレストラン、ビヤホール、物産館などがあって、また違った楽しみが出来る。時間に余裕があったので各自ゆっくり散策や、買い物をしてからバスに乗り込んだ。
 福島市内から10分程に位置にこれだけ広大な公園があるのは羨ましい。しかしその裏には先人たちの大変な苦労があったのだ。荒ぶる川を長い年月をかけ手なづけたからこそ、この「あづま総合運動公園」は出来たのだ。次の世代には受け渡していかなければならない。




[39] 第515回徒歩例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2017年 6月26日(月)15時02分41秒 KD106174037153.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「泉ヶ岳から定義山へ ふるさと緑の道を歩く」
平成29年5月21日(日)晴 参加者 会員19名 一般8名 歩行距離11km

 泉ヶ岳ふれあい館から定義山までの「ふるさと緑の道」を歩く。いつ名付けられたかは知らないか、知名度は低い道だ。ふれあい館には路線バスも走るか、本数が少なく不便なので貸切りバスで向った。
 大駐車場には沢山の車が並んでいて、かなりの人出である(9:00)。しかし泉ヶ岳に向かう人ばかりで、ふるさと緑の道に向かう人はいない。始めに新緑の美しい林を抜けて「水芭蕉群生地」を訪れた(9:10)。季節はとうに過ぎているので、おどろおどろしく育った葉だけを見て廻ったが、下見の時(4月9日)は清楚な姿で一面に咲いていた。ただこの時はまだ残雪がかなりあって、ふるさと緑の道を歩くのは早すぎる。
 ここから定義山に向かう道はゆったりとした道だ。途中までは車でも行ける。黒鼻山の下から左の細い道に入る。暫くは平坦な道が続くが、白子岩の手前から登りとなる。それでも15分程のあまりきつくない登りで、ピークとなり、少し下ると白子岩が見える(10:40)。つるりとした白肌の奇岩だが、今の時季は新緑に隠れてあまり見えないのが惜しい。その先は道が細くなり草を掻き分けながら進む。そこを過ぎると見晴らしの良い所に出る。大倉湖、仙台の高層ビル群、真白な仙台観音などが見渡せる。今日は霞んで遠目がきかないが、澄んでいれば太平洋まで眺められる。以前はこの先に東屋があったそうだが、今は無くなっていて、せっかくの眺めの良い所で食事が出来ないのが残念だ。仕方なく、途中の林の中で道に散らばって食事をした。
 のちは下るばかりだ。途中からは又広い道になり並んで歩く。しばらく下れば、定義山への舗装道路に出る。ここから定義山までは1km余りだ。ふれあい館出発が早かった事もあり、予定よりかなり早く定義山に到着した(13:15)。既にバスは待機していたが、乾いた喉と腹を満足させる時間を十分とって定義山を後にした。
 このコースは距離も程々で、起伏も少ない。その上危険な箇所も無いので子供でも歩けるとても良いコースだと思う。しかし整備が行き届いていないのが残念だ。標識が倒れていて方向がわからなかったり、唯一の見晴らし所の東屋が再建されていないのはどうした訳だろう。またこの道をどれだけの人が知っているのだろうか。今回の歩行中一人も人に会う事が無かった。泉ヶ岳の大駐車場には案内のパンフレットもなく、そのにある地図にはこの道は書かれていない。例の行政の縦割り制度なのだろうか。もっと積極的にPRしてほしいものだ。



[38] 第514回徒歩例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2017年 5月27日(土)20時54分27秒 KD106174037013.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「お花見ウォーク 北上展勝地」
平成29年4月25日(日)晴 参加者 会員23名 一般11名 9.1km

 この時季の徒歩会は桜の名所を訪ねる事が多い。昨年の4月例会では「二本松城址」を訪ね、その時は城山を覆う満開の桜に現を忘れる心地であったが、展勝地はどうであろう。
 今が見頃、との情報に渋滞を回避して北上金ケ崎ICで降りたが、誰も考える事は同じらしい。大渋滞に巻き込まれ、遥か先まで連なる車の列に降りて歩く事にした。暫く車の列を見ながら歩いて、男山展望台入口から山道に入り、みちのく民俗村に出る。ここには旧民家や番所などが移設されている。そこから「展勝の小径」と呼ばれる山道に入る。眼下には北上展勝地の桜が一望される。花は丁度盛りで、大勢の観光客の姿が見え、笛や太鼓の音も聞こえて来る。
 花見は後の楽しみとして、立花毘沙門堂の毘沙門天立像を拝観する。事前の申し込みが必要だが、詳しい説明が聞けた。それによれば藤原清衡が平泉に奥州藤原を拓く200年も前の10世紀に、この国見山には大規模な寺院があったと伝えられている。しかし今はこの毘沙門堂だけが残り、他の仏閣は全て姿を消してしまった。本堂などの跡地を発掘調査しても、消失した跡はなく謎のままである。説明してくれた人は、平泉に移設したと推察している。毘沙門天は仏の世界(浄土)を守る守護神で、この地は鬼門の方角に当たるそうだ。像は国指定重要文化財に指定されていて、美術的価値の高い優れた造形をしている。
 お堂の前より珊瑚岳への登山道に入る。車も通れる広い道をゆるやかに登る。予定では山頂まで登るはずであったが、渋滞で時間が遅れ、登頂は断念して藩境塚で昼食となった。伊達藩と南部藩の境がここで、番所があったらしい。
 下っていよいよ北上展勝地に行く。すごい人出だ。山中トイレが無かったので駆け込みが、ここも大行列だ。毘沙門堂で別れて、山に登らなかった組のメンバーともここで合流して、展勝地の桜を観賞する。北上川の左岸に、二列に植えられた桜のトンネルの中を歩く。今日の日を待っていてくれた様な満開の桜。二年続けての幸運に恵まれた。空はスッキリと晴れわたり、とは言い難いが、それでも花見には十分な天気だ。同じ様な河川沿の桜並木に、宮城県白石川の一目千本桜も有名だが、展勝地は道が広いの良い。しかし樹の老木化が進んで、痛々しい姿もあった。若木の植え替えまで手が回らないのだろう。桜の少子高齢化は深刻だ。これは一目千本桜も同じだか。珊瑚橋付近には鯉のぼりが二本かかっていた。色とりどりの鯉のぼりが心地良げに、大きな口を開いて泳いでいた。
 北上駅の近くには安倍の館跡と伝えられている所がある。北上川と和賀川が合流するこの地は、昔から交通の要所で、早くから高い文化が花開いたのだろう。しかしながら、大和朝廷との対立が深まり、前九年の役が勃発して世は乱れた。そんな中、人々は世の安定を願って、国見山に仏閣を建立していったのかもしれない。今を盛りと咲く桜は、古人の願った浄土が実現したかの様だった。
 



[36] 第513回徒歩例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2017年 5月 7日(日)21時10分12秒 KD106174037110.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「真田丸ゆかりの里Ⅱ」
平成29年3月12日(日)晴 参加者30名(会員24名+一般6名) 19.3km

 第497回で第一回目の「真田丸ゆかりの里」を実施して、白石市内のきゅかりの寺院を訪ねた。今回はそのつづきで、守信(以前の大八)に与えられた領地、蔵王町の矢附、曲竹地域を巡った。
 無人駅の東白石駅で下車。白石川と国道4号線を渡って刈田嶺神社で今回の無事を祈願する。元々は青麻山頂に祀られていたらしい。高速道路をくぐってからは、右に折れ畑の中を行く。蔵王町総合運動公園にある野球場は楽天の二軍が使用するそうだが、広い敷地に今は人影はまばらだ。松川を渡って少し行けば真田幸清筆子塚と真田豊治墓碑が並んである。以前は少し離れた所にあったが、いつの間にか整備されていた。
 大阪夏の陣に敗れた真田幸村は、まだ4歳だった次男大八を敵の片倉小十郎重綱に託した。元服し守信となった大八ではあったが、真田の名は名乗る事は出来なかった。明治になって、十代目の幸清は寺子屋を開いていたが、死後弟子達ががこの筆子塚を建てた。そしてこの塚は、幸清が真田幸村の直系子孫である事を、世間に初めて公開した記念すべき塚でもある。人は驚いただろうか。あるいは、やっぱりと思っただろうか。どちらにしても、大八は自分の使命は果せたと草葉の陰で喜んでいるだろう。豊治は仙台真田の分家で明治6年に開校した刈田郡宮村小学校の校長を務めた人だそうだ。
 今回の徒歩会で真田のゆかりの跡はここだけである。矢附、曲竹は仙台真田の領地であったが、その跡は他にはない。ただ歩くには良い道だ。青麻の陰には白銀の蔵王の頂が顔をのぞかす。円田の白山神社で予定を変更して昼食とした。上の公園にトイレが有って丁度良かった。
 次に保昌寺を訪ねた。ここには丈六阿弥陀如来が安置されている。丈六とは一丈六尺の事で、立った時この身長(4.8m)になる大仏像のことらしい。元々は平安後期に近くの平沢の阿弥陀仏として奥州藤原氏により祀られたと言われている。その後世が乱れ平沢のお堂は廃れたが、仏像だけは何度も修理の手が加えられて残った。厳しい戦乱の世を乗り越えて来たお姿は尊い、是非お詣りしてほしいお寺だ。
 当初の予定では昼食の場所としていた物産所みんな野はパスして、以前は猿鼻と呼ばれていた花町に向った。今回の徒歩会で初めてのゆたっりとした長い登りがつづく。途中に湧き水の噴き出す水神公園がり、休憩した。猿鼻は旧羽前街道の宿場であったが、猿が去るにつながる事から、花町に変更したそうだ。古い珍しい名前だったのに残念な気もする。
 最後は蔵王町ごさいんホールに向け、ほぼ直線の道を下る。途中で小雨になったが、列の乱れも少なく、全員無事到着した。昼食の場所を変更した事で、距離は20kmを少し切ってしまったが、わらじらしい長距離歩行であった。



[35] 第511回徒歩例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2017年 3月14日(火)20時50分47秒 KHP059139180046.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「割山・四方山ハイキング」
平成29年1月22日(日) 晴れ 参加者32名 16.5km

 亘理は県内でも最も暖かく、その温暖な気候を活用してイチゴの栽培が盛んだ。今回は亘理の里山、
四方山を目指した。
 朝から晴れて、気持ち良く亘理駅を出発した(9:35)。市街地をぬけ、国道6号線を渡って割山峠の道に入る。途中から左に下って愛宕沢を行く。日陰になるとまだ残雪がかなりあって少々驚いた。程して登山口に着く(10:10)。登り口は二か所あって一つは割山峠からの道に出る。もう一つは直接鴻ノ巣峠に出る。鴻ノ巣峠の道を選んだ。尾根まで一気に登る。林の中の道で、雪はなく歩きやすい。約20分で鴻ノ巣峠に出た。この尾根の西側は垂直と思われる程鋭く削り取られていて、そのギリギリの所に細い道がつづく。しかも雪が残っていて滑りやすい。皆真剣な表情でこの尾根を渡り切った。
 その先は樹林帯の中を行く楽なコースだ。閑居山を越えて更に進めば「夜討坂」に至る。戦国時代、伊達氏が相馬氏に夜討をかけた時に通った道らしい。いよいよ黒森山の長い登りに入る。急な登りではないが、雪が残っていて歩きづらい。黒森山からは目の前に蔵王連峰が全景を現す(12:00)。大迫力だ。ただ東側は林に遮られていて何も見えないのが残念だ。
 そこから道は又平坦になって、四方山までつづく。四方山の展望台に登ればその名の通り360°の見晴らしだ。3.11の大震災で被災した亘理、山元の海岸を見れば、巨大な堤防が建設中だ。それに使用するのだろう、土石採取現場があちこち目に付く。既に峰が削り取られた所もあると聞けば、気持ちは複雑だ。
 山頂からは一の坂林道を下る。普段は車も通る道だが、ここにも残雪があった。この冬は雪が多かったのだろうか。下りた道は「東街道」と言うらしい。古い道の様だ。緩やかにうねって阿武隈丘陵の下を行くが、いつしか亘理の市街地に溶け込んでしまった。最後は出発地と同じ亘理駅に戻って今日の徒歩例会を終えた。



[34] 第510徒歩例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2017年 1月18日(水)17時02分51秒 KD124213207153.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

仙台市地下鉄東西線13駅沿線散歩
平成28年12月11日(日)晴れのち雪 参加者32名 16.3km

 師走の例会は恒例の忘年会があるため、仙台近郊を歩くことが多い。今回は仙台市地下鉄東西線開業一周年との事で、その全路線13駅を巡る企画であった。
 出発駅「荒井」は集合する(8:40)。立派な駅舎だが、まだ空地が広がっている。すぐ近くを仙台東部道路が走り、これからの発展が期待される。「六丁の目」「卸町」と普段はあまり来る機会のない地域を歩くことが出来た。「薬師堂」まで来るとさすがに馴染みのある地名が多くなる。仙台駅(10:40)には、この地下鉄工事の際に出土した貝塚の一部が展示されていた。大昔は、ここが海岸線であったとのことに驚く。今迄我々は海の底を歩いて来たことになる。会員に長年地学を研究してこられた先生がおられたが、今回は不参加だったので講義が受けられず残念であった。
 南北線の下をくぐって、南町通りに出る。この頃から天気があやしくなって来て、小雪交じりの雨が降り出した。大橋を渡って「国際サンタ―」に着く(11:45)。駅はモダンで立派だ。世界からお客様を迎えるためだろう。ここのテラスで昼食となる。デッキに出れば仙台市が一望出来る。夜まで開いているので、花火大会の時は絶好のスポットらしい。
 いよいよ八木山への登りとなる。わらじの会は雨がふろうと、雪がふろうと、交通手段が閉ざされない限りは、例会は実施するという頑なな会だ。それを知ってか雪が本格的に降り出した。幸い降り始めたばかりで、積るまでには至らなかったが、歩道のない急坂を注意しつつ登る。
 東西線はリニアモーターを採用した地下鉄だ。一般の電車は車輪が回転して車両を進め進めるが、この八木山の急こう配では車輪が空転して登られない。そこで軌道と車両間に直接推進力が働く、リニアモーターが採用された。車輪はコロの役目だけで、自らは回転していない。その他、車体の背を低く出来、トンネル掘削費用の削減効果も大きいそうだ。
 「川内」「青葉山」をへて、最後の「八木山動物公園」に着く(14:00)。この駅は地下鉄の駅としては日本一高い場所にあるらしい。展望デッキからは太平洋も見渡されるはずだが、雪がひどく何も見えない。記念写真だけ撮って、気持ちは早くも忘年会の方に移っていった。
 冬の例会は厳しい徒歩になる事がある。今回も雪が降り出して、けして楽しい歩きではなかったが、その分、のちの忘年会ではしっかり体も心も温める事が出来て良かったと思う。



[33] 第508回徒歩例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2016年11月15日(火)21時21分17秒 KD106174037177.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

半田山ハイキング
平成28年10月16日(日) 晴れ 参加者29名

 秋の紅葉には少し早い時季ではあったが、今回の例会は福島県桑折町の半田山(863.1)へのハイキングであった。JR桑折駅(9:26)より半田沼までは、一般道を避けりんご畑を登って行く。桃は既に収穫が終わっていたが、りんごはうまそうな実をたわわにつけていた。道はそれほどきつくはないが、だらだら坂が一時間半もつづく。最後は半田沼から流れ出る沢に沿って登る。途中に銀山への分岐があったが、寄らずに進む。そこから沼は目の前だった。急に視界が開けて半田山と、沼が目に飛び込んで来た(10:50)。神秘的な深い緑色の水をたたえ、色づき始めて半田山をそまま逆さに映していた。
 ここは半田山自然公園として町が管理しているらしい。キャンプ場、遊歩道、広場などがきれいに整備されている。沼の畔をめぐって管理センターで一休みする。ここからは体力に合わせて、山頂まで登るA組と、沼周辺を散策するB組に分かれた。A組は管理センターをからキャンプ場を通り林道駐車場に向かう(11:25)。始めから急な登りがつづく。駐車場に着いたのは、予定よりだいぶ遅れて12時になっていた。たがここが半田山への本当の登り口だ。気合を入れて真直ぐな尾根道を登る。きつい登りがつづく。林の中の道で眺めが無い、無口で一歩一歩登る。山頂近くになって、ようやく見晴らしの良い所に出た。うつくしいハート形の半田沼が見える。不思議だ偶然そうなったのだろうか。山頂はそこから直ぐだった。12時40分頃に着くが列は大分伸びてしまっていた。
 見晴らしは東だけが開けているが、それでも眺めは素晴らしい。半田沼の先には桑折の町、その後ろにはゆったりとした阿武隈の流れ、さらに正面には霊山の岩山が連なっている。暑い位の陽気に汗をぬぐいつつ、思い思いにお昼の弁当を食べた。少し短めの休憩だったが13時15分には下山を始めた。暫くはゆるやかな道だったが、その先は急坂がつづく。慎重に足を運ぶが、それでも足を滑らす人もいた。あまり休まず一気に下り北駐車場に着いた(14:10)。B組と連絡を取り合い、見晴台で落ち合う事にした。沼周辺は桜の名所でもあるが、それ以外の季節でも美しい景色を楽しむ事が出来る。B組も十分散策を楽しんだ様だった。
 B組と合流し、紅葉の頃を想像しつつ半田沼に別れを告げた(14:40)。帰りも同じ道をたどったが、朝とは打って変わって皆おしゃべりに花が咲く。畑にはりんごが愛らしい姿を見せている。喉も乾いて一つ買って丸かじりしながら歩きたいと思ったが、誰もいない残念であった。駅には15時45分に着いた。見上げると半田山は思いの外高く見えた。あの山頂にいた事が何か信じられない。今回は登りもきつく、電車の時間があって少し急ぎの歩行にもなったが、半田沼のバンガローに泊まって、ビール片手にゆっくりと星空を見上げてみたいとも思った。



[32] 第507回徒歩会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2016年10月30日(日)19時53分2秒 KD106174037217.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「村田蔵の街と里巡り」
平成28年9月11日(日)晴  参加者22名

 紅花と言えば山形が代表的生産地として知られているが、昔は宮城県でも盛んに栽培され、村田の商人はそれを江戸、京都に運び商いを行っていたそうだ。紅花は末摘花として源氏物語にも出て来るように、昔から紅、染料として高価で取引されていた。その取引で財をなした村田商人の蔵屋敷が今も残っている。今回はその蔵の街と近隣の名所を巡る例会である。
 バスで村田ICを降り、民芸の里に着く(9:10)。茅葺の民家を移設し、大きな水車がシンボルとなっているが今は動いていない。前の県道を渡って姥の手掛け石を見る。腕を切り落とされた鬼が姥に化けて取り戻そうし際、滑って手を付いた跡と言われている。その恐ろしい話とは裏腹に赤子の手のような可愛い手跡だった。暫く県道を行って大きな牛石を見る。左に折れて川に沿って行けば今度は茶釜ヶ淵が見えて来る(9:55)。川を渡って坂を登り墓地に入る。下に村田の町並みが見え、遠くには蔵王の山並みが連なる。下って願勝寺に着く(10:40)。この門には村田城の大手門が移設されている。裏には身分の差から果たせぬ恋を嘆き、心中した若い男女の恋塚もある。次は白鳥神社を詣でる。参道を塞ぐように樹齢1000年とも言われる蛇藤が横たわる。その隣のケヤキの大木もすごい。どこまで歴史を辿れる神社なのだろう。裏の相山公園を一回りして蔵の街に入る。先の3.11大震災で蔵も大きな被害を受けたようだ。いまだに瓦の崩れたままの蔵もあるが、きれいに再建された蔵もある。こうした伝統的建造物の維持管理は所有者だけでは出来ない。町・県・国の支援が必要だ。次の世代に引き継ぐ遺産として、我々もどうすべきか真剣に考える必要があるだろう。
 つづいて政宗の七男で村田城主であった宗高公御廟のある龍島院を訪ねる。城主時代、蔵王は火山活動が活発で、村田も大きな被害を受けていたらしい。宗高は火口近くまで行、祈祷して山を鎮めた事で臣民の信望も篤かったが20歳で夭逝した。廟には共に殉死した家臣の墓が並ぶ。城山公園に登る(12:40)。広い本丸跡だか草が生い茂る手入れが悪く訪れる人もいない。これでは宗高公の嘆いておられるだろう。昼食もそこそこに隣の道の駅村田に移る。ここは大勢の人で賑わっていた。
 下ってだるま堂神社に向かう。工業団地横の坂道を登り、高速道路を越えて黄金色の田んぼ道を行く。村田を出て蔵王町に入る。きれいなせせらぎに沿って上ればだるま堂神社だ(14:45)。そこに一本の巨木があった。神社の参道にあった杉並木の一本だそうだ。これだけの巨木は見た事がない。何百年ここに立っているのだろうか。厳かな雰囲気にこのまま夕暮れまで立ち尽くしたい気持ちにさえなった。里巡りとは言え起伏の多いコースであった。ここからバスで谷山温泉の移る。田んぼの中の一軒屋だ。近隣の人達が風呂替わりに使っているのだろう。無色透明で匂いも無いがいい湯だ。目をつぶり村田の歴史の一こまに触れた喜びを感じつつ今日の例会を終えた。



[31] 第506回徒歩会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2016年 9月13日(火)17時31分57秒 KD124213207144.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「隠れキリシタンの里・米川 三経塚・蚕飼山を訪ねて」
平成28年8月21日(日) 晴れ  参加者 21名

 米川は登米市の東北、岩手県と境を接する人里離れた所だ。ここが隠れキリシタンの里と呼ばれ、今も処刑された信者が眠る。政宗も当初はキリスト教を認めていて、遠くローマまで支倉常長を密かに派遣したほどだ。しかし幕府の方針により禁止・弾圧されて、信者はこの地に隠れて信仰をつづけていたのであろう。今回の徒歩会はこの地の蚕飼山(418.1m)に登り、三経塚を訪ね、三滝堂を巡るコースだ。
 三陸道を登米・東和ICで降り、道の駅林林館に寄って蚕飼山入口までバスで行く(9:35)。登山道は車も通れる広い道で、登りもさほどきつくはないが、同じ勾配の坂がだらだらとつづく。しかもその日は猛暑日、30分もしない内に全身汗でびっしょりになった。途中見晴らしの良い所でもあれば、少しは気分が良くなるのだがそれも無い。標高400ばかりの里山に思いもよらぬ難渋だ。やっと道が平坦になり、山頂は更に登った所らしい。疲れた足で一歩一歩最後の坂を登り山頂に立てば、今までの疲れが吹き飛ぶばかりの素晴らしい360°の展望だ(11:20)。思わず歓声を上げてしまった。前日までの雨と風に、大気の汚れがすっかり洗い流されてしまったのだろう。遠くは吾妻・安達太良、近くは栗駒・船形がくっきりと見える。わずかに三陸の海まで見える。里山でこれだけの見晴らしは珍しい。
 同じ道を下って三経塚を訪ねる。一人が通れる程の小路を入れば、奥は広く綺麗に草が刈られていた(13:10)。今も地元の人が厚く奉っている事がわかる。蚕飼山の由来はわからないが、昔盛んだった養蚕に関係があるのだろう。蚕の作る純白のまゆに包まれて眠る信者の姿が連想された。
 三滝堂へは途中から山道を歩く予定でいたが、下見の時に熊に遭遇したとの事で県道を行った。夏休みの最後の日曜日とあって、子ども達が大勢来て水遊びをしていた。こもれびと瀬音が心地よい。さすがに水着まで準備して来た人はいないようで、代りにかき氷でのどを癒す人が多かった。
 あまり名の知れていない山、その上県北の外れの地で、私を含め初めての人が多かった様だ。大変な暑さの中での汗だくの徒歩会となったが、それ以上に素晴らしい眺めと、爽快な気分の残った一日であった。

グループわらじHP
http://www7b.biglobe.ne.jp/~waraji/



[30] 第505回徒歩会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2016年 9月10日(土)11時03分41秒 KD124213207144.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「第3回みちのく潮風トレイル」
平成28年7月23・24日(土/日)参加者25名
『23日 曇り一時雨』
 今回で第3回目となる「みちのく潮風トレイル」だ。去年は洋野市白滝神社まで歩いたので、今年はそのつづきを歩く予定でいたが、高家川の渡りを避け久慈市粒田浜からのスタートとした。
 仙台を発った時から空模様はあやしかったが、粒田浜では小雨が降り出し、バスの中での昼食となった。スタート直後から道に迷い、民家を見つけて聞いた。親切に次の入口まで案内してくれた有難い。それ以降は迷う事なく歩く。幸い雨は傘をさす程ではなく、美しい磯を松林越に見ながら歩く。
 途中、侍石では平らで大きな岩の上に立つ。北侍浜野営場はキャンプ場で、テントが立ち家族連れが大勢来ていた。岩を切り抜いた天然のプールでは子ども達が遊ぶ、時間があれば入りたかった(14:45)。今日のコース一番の展望台横沼展望所に着く(15:25)。三陸リアス式海岸の切り立った岸壁はさすがに壮観だ。次に白前漁港に向かう。小さな起伏がつづき列は伸びる。3.11震災からの復興工事で、港は異様な程の高い堤防とテトラポットで固められていた。複雑な思いだ。
 また雨が降り出し少し辛い歩きとなった。本波港にやっと着く(17:00)。漁港とは名ばかりで何もない、バスで厳島神社に移動する(17:40)。神社は岬の突端にあって、切り立った細い参道を行く。船乗りの安全祈願として祀られたそうだが、いつの時代だったのだろう。人が一本一本柱を担いで来て建てたと思うと、先人の志の高さに頭が下がった。
 その夜の宿は昨年と同じえぼし荘だ。だいぶ遅れて着いた。まずは一風呂浴びて汗を流し、それからは楽しい宴会。この日のためにわさわさ準備して来たらしいサプライズもあって今日の疲れをいやした。

『24日 曇りのち晴れ』
 去年は見事な日の出が見られたが、今朝は小雨模様。それでも宿を発つ頃には上がってくれた。潮風トレイルのコースは厳島神社から「もぐらんぴあ」を経て久慈市の海岸を通るが、いまだ震災からの復興工事中である事からサブコースの市内巡りを選んだ。
 市役所より歩き始める(8:25)。長泉寺の千年イチョウを見る前に寺の裏山を歩く予定でいたが、入口がわからず迷う。地元の人に尋ねたがわからず、結局断念して直接長泉寺に向った。格式の高い寺らしい、山門からの道も綺麗に清掃され本堂は立派だ。イチョウは境内の左手にあった。中心の大幹は既に枯れてはいるが、周りから太い脇木が何本も伸びている。長い歴史を持った寺院である事はわかる。
 次は巽公園に登る。小高い丘の上から市内が一望できる。街の向こうに曇って鉛色の海も見えた。下って長内川のかかる新街橋を渡る。この橋は今では大変珍しくなった木橋だ。小型車なら通行が可能で、こん後も長く使ってほしいものだ。あの津波で市内は破壊されたが、ここまでは来なかったのだろう。渡ったのちのコースは山上の中長内遺跡を巡るが、パスして下の道を選んだ。長泉寺裏山の道に迷い大幅に時間をロスしてしまったため、諏訪神社には11:45に着いた。昼食はNHKの朝ドラで有名になった小袖海女センターでとる予定でいたが、ここから更に6kmもあってバスで移動する事にした。
 ここからは海岸の道を行くが、途中から歩道がなくなり切り立った崖をぬうように進む。この頃には青空が出て来て海が美しく輝いて来た。最後になった天も我々を歓迎してくれた様だ。小袖海女センターででは思い思いに景色を楽しみながら昼食を食べた。またウニやホタテを味わった人もいたようだ。
 今回は二日共天気が悪かったが、かえって暑くならず良かった気もする。最後に環境庁への要望だが、小袖海女センターへの道は歩道が無く、道も狭いので大変危険だ。これだけ美しい海岸だから多くの人が来て安心して歩いてほしいものだ、是非整備をお願いしたい。


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