ウォーキンググループわらじの掲示板



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45件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[48] 第525回徒歩例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2018年 5月13日(日)08時55分6秒 KD106174037136.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「早春の阿武隈右岸を歩く」
2018年3月25日(日)晴 参加者30名 会員26名 一般6名 歩行距離21km

 年度計画の時は阿武隈右岸を歩く事に決めたが、その後の調査で段田原峠越えのルートに変更になった。それでもスタートは阿武隈急行兜駅とし、あぶくま駅までの右岸を歩くコースを残し、面目を保った。
 兜駅は山の急斜面に作られた駅だ。人家は殆どないが以前は川の渡しがあったらしい。あぐま駅までは多少の起伏があって、段田原峠の足慣らしとなった。途中に猿跳岩がある。両岸にある岩場を猿が本当に飛び跳ねられる距離ではないが、満月の夜、岩場に白い巨猿が現れて、銀色の毛を翻して跳ねる姿を想い描くのも楽しい。
 あぶくま駅は猫の駅として有名だ。日頃これ程の人数を見る事は無いので驚いて隠れてしまったのだろうか、大勢いるはずだが姿が見えない。それでも蝶ネクタイをした駅長とおぼしき猫だけは威厳を正して我々を迎えてくれた。親と慕う女性駅員一人が世話をしていると聞いて、エサの程思いやられて露ばかり志をしめした。
 いよいよ段田原峠に挑む。道は岸より一気に立ち上がる。息をはずませ登れば、程してなだらかとなり息も整う。西の方がひらけて、蔵王の眺めの良い所に来たが、あいにくの春霞におぼろに認めるばかりだった。更に行けば、幹の中ほどより折れて大枝広げる笠松に至る。見事な枝ぶりに足をとどめて暫し休んだ。場所もよく、昔から牛馬の休めの場所であったのだろう。
 道はいつしか下り、峠も覚えぬままに、昼食の場所として借りていた集会所に着いた。何世帯程の集落だろうか。人々の憩いの場所となっているらしい。立派のカラオケが目に入った。そののちは丸森にだだ下るだけだ。道には見るべきものは無いが、盛りの梅に鶯が谷渡りの声を添えて早春の例会にふさわしい歩きだった。
 丸森の町に出て、直産市場で買い物を楽しむ。女性はもうすでに今晩の夕食の事に頭が切り替わっているようだが、ここが終わりではない。まだ駅までは少しある。元気の戻った足で最後の2kmほどを歩いて今日の例会を終えた。




[47] 第524回徒歩例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2018年 4月 2日(月)17時47分32秒 KD106174037136.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「潮風トレイル相馬編」
2018年2月25日(日)晴 参加者 会員28名 一般10名 歩行距離18.6km

 全長700km以上に及ぶ潮風トレイルを、”わらじ”の例会で歩き始めて5年目となる。北端の八戸蕪島を発って、昨年は田野畑まで来た。今年もその先を歩く予定でいるが、先はまだまだ長い。高齢化の進む中で最後まで歩き通せる人はいるだろうか。それでは南端の相馬ルートを先に歩こうと言う事になった。
 相馬ルート決定時は震災復興の途上であったため、海岸から遠く離れたルートが設定されていた。7年が経過して復興も進んだ事もあり、独自に松川浦を中心としたルートを設定して今回歩いた。
 駅を降り、商店街を進み中村神社を詣でた。相馬馬追が有名で、境内には馬が飼われている。武者を乗せて勇壮に駆ける姿を見てみたいものだ。神社を下り、千客万来館でトイレを借りた。震災後に建てられたようで瓦屋根の立派な建物だが、来館者がゆっくりくりろげるスペースや、食事の出来る場所が無いのが残念だ。つづいて松川浦に注ぐ宇田川の沿って下る。河原はヨシの枯草だろうか、焼く煙がたなびき、黒々とした土が春を待っている様だった。6号線バイパスの手前、相馬東高の所から土手を降りて小泉川を渡った。歩行者専用の木橋で欄干もない。子どもの頃を思い出して嬉しくなった。小高い丘を登り、バイパスの上を渡って下れば県道38号線の当たる。そこを右に折れて進むと松川浦が見えて来た。
 「松川浦環境公園」と冠されて、潮風トレイルの終着地を示す看板が目に入って来た。全行程踏破ではないが、今まで歩いたルートが懐かしく思い出された。公園は綺麗に整備はされているが、護岸の為の高いコンクリートはやはり似合わない。難しい問題だが工夫は出来なかったのだるか。
 食事後、津神社を訪ねた。ゆるやかに登った高台にある。ここまで津波が来たとの表示に改めて驚いたしまった。自分ならここまでは逃げす、流されていただろう。下って次は伝承鎮魂祈念館を訪れた。各地の祈念館を訪ねて来たがいつ見ても辛い。二百年、三百年後までいかに伝えて行くかが問われている。写真にあった賑わいは戻って来るのだろうか。今は人気のない海水浴場を眺めながら松川浦大橋に向かった。橋の先は景勝地であったが、今も通行止めは続いている。中央部まで行って遥か沖を見る。この穏やかの梅が牙を剥いて本当に押し寄せて来たのだろうか。振り返れば浦内にはのりのいかだが並んで養殖が再開されている。怨むでもなく、嘆くでもなく、浜の人達は又海と共に暮らしを始めている様だった。



[46] 第523回徒歩例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2018年 2月 7日(水)21時28分54秒 KD106174037230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

「仙台七福神巡り」
2018年1月21日(日) 晴れのち曇り 参加者42名 歩行距離14.9km

 どれ程の御利益があるだろうかと思いつつも、年の初めに神仏を詣でる人は多い。新年に手を合わせて祈れば心は清々しくて、それが御利益かもしれない。今回の徒歩例会は仙台七福神巡りを巡った。
 JR北仙台駅に集まる(8:50)。会員ばかりでなく一般の参加も多く41名にもなった。一度は全部お詣りしたいと思いつつも、なかなか個人では歩けないので、この機会と参加されたのだろう。しかしこれだけ大勢になると列が乱れ、事故の心配もあった。
 大黒天(秀林寺)はその名の通り真っ黒いお姿で迫力があった。次の寿老尊(玄光庵)は百余歳にもなるのだろうか、正に仙人の様だ(9:50)。えびす様はなんと藤崎デパートの屋上に祀られている。しかし通常は盗難防止のため、別の場所にお祀りしているとの事であった。但し正月期間だけは他の六神と共に、この屋上に祀られるそうだ。
 青葉通りを行って仙台駅の地下東西通路を通り、宮城野通りに出る。次は弁財天(林香院)を訪ねた(11:50)。やはり財布を預かるのは神様も女性なのだろうか。予定ではここで昼食であったが、風が冷たくなり一時小雪もちらついて、近くの毘沙門天(萬福寺)をお詣りしてから五橋の福祉プラザで摂る事にした。仏さまの守護神と言われる毘沙門天は大きなお堂に祀られていた。中から祈りを唱える声と太鼓の音が聞こえて来たが、暗くてお姿は見る事が出来なかったのは残念であった(12:10)。ここから福祉プラザは400m程だ。広いロビーで食事をさせてもらえるのは有難い(12:30~13:15)。
 次は布袋様だ。福聚院は最近建て替えられたが、極彩色の立派な鐘楼はそのままだった。(13:40)これだけの鐘楼は仙台では珍しい。七福神の中で、この布袋様が一番ふくよかだ。突き出したお腹を有難く皆で撫でまわした。メタボなど全く気になさっていない。羨ましく思った人もいただろう。
 ここから最後の福禄寿(鉤取寺)までは長かった。砂押川に沿って道は緩やかに曲がる。秋保につづく古い道だったのだろう。この道は交通量が多い上に道が狭く、歩道がない所が多い。一列縦隊で歩いた。三峰を過ぎ、笊川を渡って右に折れわき道に入る。八木山からの広い道をトンネルで渡れば鉤取寺はすぐだった(14:55)。ここも立派なお寺だった。山門前には昇り龍・降り龍の石の彫刻。二階の本堂につづく階段にはあばら骨が浮き出て羅漢?が並んで祀られていた。二階に上がって福禄寿様に手を合わせた。今日は日曜であったが、どの寺でも法事などは行われていなかったので七福神全てをお詣り出来た。有難い。無事な徒歩を感謝し、そして今年一年の安寧を祈った。
 お堂を出ると雨が降り出して来た。ぐずつき気味の空だったが、今まで持ちこたえて来たのは七福神の計らいであったのだろと、改めて御利益を感じての例会であった。
 



[44] 第522回徒歩例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2018年 1月29日(月)09時57分8秒 KD106174037230.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「仙台ハーフマラソンコースを歩く」
2017年12月10日(日) 晴れ 参加者29名 歩行距離16.1km

 オリンピックの花形競技と言えば、その伝統と世界的広がりからマラソンだろか。44年前の東京オリンピック、裸足で東京の街中を駆け抜けたアべべ選手の姿は今も脳裏を離れない。世界の頂点を目指して各地でマラソン大会が開催されている。ここ仙台ではハーフマラソンが開催され、27回を数える。年を締めくくる今月の徒歩例会は、そのハーフマラソンコースを歩いた。
 スタートは、食事場所の関係で陸上競技場ではなく、卸町公園となった。ここから宮城野原陸上競技場に向かう(9:00)。天気は良く、頬をなでる風が心地よい。昨今は公共施設の名前がころころ変わって煩わしい。楽天のホーム球場「コボスタ」も又名前が変わるそうだ。隣の陸上競技場も今は「アスリートワーク仙台」とか。トラックでは競技が開催されていた。若者達の走る姿がまぶしい。
 新寺通り、青葉通りと歩いて、大橋渡って地下鉄駅の「仙台国際センター」に着く(12:15)。駅上の「風のガーデン」デッキで市内を一望しながら昼食。誰にでも開放しているこのデッキは有り難い。又地下鉄を真上かか眺められるのも面白い。
 のちは県美術館前を右折して仲の瀬橋を渡り、西公園、定禅寺通りを歩く。このあたりは市内中心部で一番緑の豊かな所で、仙台市民の憩いの場でもある。街路樹は葉をすっかり落とし、昼間は冬空に枝を空しく広げているばかりだが、夜になればイルミネーションの衣をまとい、光輝く幻想の世界と変わる。市役所前の勾当台公園で折り返す。徒歩会では出来るだけ同じコースを歩く事を避けているが、今回はハーフマラソンコースに従う。同じコースでも往きと復りでは景色も違って見えて楽しい。
 大橋前から青葉通りに入る。街はすっかり年末年始の装いだが、昔の様に大騒ぎする事なく、静かに年末年始を迎えるようになったのは嬉しい。この一年の歩きを思い出しつつ終着のウエティングホテル前に着いた(14:40)。のちは恒例の忘年会、28名の参加があった。この一年の徒歩に感謝し、来る年への夢をつなぐ宴であった。



[43] 第521回徒歩例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2018年 1月 4日(木)16時16分44秒 s186163.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp  通報   返信・引用

「東松島復興ウォーク」
2017年11月19日(日) 晴れ 参加者35名 歩行距離15.9km

暫く投稿を休んでいたが、今回から再開する。
 東北に住む者にとって、東日本大震災は決して忘れる事は出来ないし、忘れてはならない災害だ。6年余をへても、今も被災地は復興途上だ。復興がなってもそれは元の姿ではないし、失ったもの帰らない。以前の様な気持ちでは歩かれないし、気軽なウォークキングと見られるのも心苦しくて、訪れないで来た。しかし一方では現実から目をそらす事であったかもしれない。
 今回は仙石線野蒜駅から小野駅、滝山公園を廻って、矢本駅までのコースだった。野蒜駅は震災の津波で被害を受け、高台に移されている。旧野蒜駅は修復され「震災復興伝承館」となっていた。壁に示された津波到達位置を示すラインの高さに驚く。中に入って当時の説明を受けたが、説明をされた方は津波に飲み込まれ、九死に一生を得た方だった。「この体験を後世に語り継ぐために授かった命だと思っている。」と話されていた。伝承館の隣には、この地で命を落とされた御霊の名前を刻んだ慰霊碑がある。刻まれた者、残った者、共に無念は消えないだろう、ただ手を合わせるばかりだった。(9:35~10:10)
 道路を渡り浜に向かう。家並みも松林も全て失せて、目の前には高く築かれた防潮堤が海を隠す。登れば海原は昔のままだが、昔の浜の姿はもうない。この防潮堤は次の津波に耐えるのだるか。鳴瀬川を遡る。固められた護岸を渡る風はとかか冷たかった。鳴瀬大橋を渡って小野田駅に着いた(11:30)。隣に「空の駅」があって、復興支援人形「おのくん」を買い求めた。
 ここからいよいよ滝山公園の登りに入る。既に紅葉は盛りを過ぎてはいたが、落葉を踏みしめながらの道は楽しい。40分程で山頂に着いた(12:30)。眼下には東松島市が一望され、その先には海が光っている。更にその奥には牡鹿半島が大きく突き出している。ここにも震災犠牲者の慰霊碑があった。今は穏やかのあの海が、本当に真っ黒な渦を巻いて人々を飲み込んだのだろうか。
 景色を見ながら思い思いの場所で弁当を広げはじめたが、背後から迫って来た黒い雲が、にわかに空一面を覆い、激しく雪を降らせて来た。慌てて弁当片手に東屋などに駆け込んだが、山頂を下る頃には青空が戻る、不思議な天気であった(13;20)。御霊があの時の事をほんの少し体験させてくれたのかもしれない。
 下ってからは山の裾をくねくねとぬう道を行く。昔からの道なのだろうか趣がある。並ぶ家並みは古く大きく立派な家が多い。ここは海から遠く、津波の被害は受けてはいない。先人達は長い経験からこの地を選んで家を建てて来たのだろう。
 矢本駅には予定よりかなり早く着いた(14:50)。この駅は”わらじ”の例会で何度も出発点、終着点となった思い出の多き駅だ。今迄ちゅうちょしていたが来て良かった。来なければならない地であった。繰り返される津波被害、それを防ぐのは土木工事だけではない。今回の体験を後世に伝えていく事が是非必要だろう。それこそが命を落とされて方々への慰霊だと思う。



[42] 第518回徒歩例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2017年 9月25日(月)10時26分48秒 KHP059139180071.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「仙北鉄道Ⅱと長沼のハスの花」
2017年8月20日(日) 参加者 会員14名+一般10名  歩行距離12.3km

 以前は宮城県内でも多くの私鉄鉄道が走っていて、物資や人の輸送に大いに活躍していたらしい。私も乗った記憶のある秋保電鉄は懐かしい。しかし時代の流れの中で全て廃止され、その存在を知る人も少なくなって来たようだ。”わらじ”ではこうした廃止された鉄道跡を歩く企画をつづけている。
 今迄に秋保電鉄跡、仙台鉄道跡等を歩き、今回は仙北鉄道の第二回目となる。前回は登米ー米谷を歩いたので、瀬峰ー佐沼を歩く。しかしこのコースは田んぼの中の舗装道路を歩くだけで面白味がないので、瀬峰から二駅ばかりを歩いた後は、鉄道跡を離れてバスで大嶽山興福寺を訪ねた。天台宗の古刹で山全体が修験道場となっていたらしい。建物の中には明治時代に改築されたバルコニーを備えた和洋折衷の六角堂があるが、違和感なく山に溶け込んでいるのが面白い。宮城県一の穀倉地帯に支えられていた事を偲ばせる興福寺であった。
 そののちはバスで佐沼に向かう。佐沼はコメの集積所として迫川沿いに発展した町だが、今わすっかり姿を変えて大型ショッピングセンターなどが立ち並び、鉄道跡は消えてしまっている。バスを降りて迫川のかかっていた仙北鉄道の鉄橋跡を見て歩く。鉄道の開業は大正10年だそうだが、当時としては大変な大工事だったろう。以前は渡し舟での往来であったろうから、人々はどれ程この鉄橋の開通を待ち望んだことか。
 次は鹿ケ城に行く。秀吉の奥州仕置の折、葛西・大崎一揆勢が立てこもった場所だ。迫川と支流の荒川に囲まれた小さな要害でくり広げられた壮絶な戦いも、今は歴史の中にわずかに影を残すばかりだ。要害の隣に資料館がある。それと別に築百年以上を経つであろう、趣のある亘理屋敷を借りての昼食となった。思いがけない借用に大いに感謝する。
 これよりは仙北鉄道とは外れて、ハスの花で有名な長沼に向けて歩く。だらだらとした長い登りがつづき汗ばむ。交通量も多く危ない。道の脇を一列になって進む。長沼は東京オリンピックのボート会場として一時名前が上がったが、はたっせるかな東京海の森に決まってしまった。地元からは恨みや嘆きの声も聞かれた。しかし、蓮の花はそんな世の喧噪を知らぬ顔に咲いていた。その姿はさすがに浄土の華に相応しい。例年は既に見頃は過ぎている。8月の長雨と日照不足が幸いしたのだろうか、今でも見頃であったのは嬉しい。沼を巡って遊覧船発着所に着き、今回の例会はここが終着地であった。その後はオプションとして温泉か蓮の遊覧の時間を設けてあったが、ほとんどは遊覧を選択したようだ。陽は西に傾き、雲間からのやわらかい夕日に映し出された一面の蓮に、この世を忘れる心地であった。
 今回は歩行距離こそ短かったたが、途中で寄った興福寺、鹿ヶ城、長沼など、心に染みる場所を巡る事が出来た例会であった。



[41] 第517回例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2017年 9月 2日(土)12時19分34秒 KD106174037002.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「みちのく潮風トレイルⅣ」
2017年7月15(土)、16(日) 参加者14名 歩行距離17.7km

 4回目となる「みちのく潮風トレイル」だ。今回のコースは普代太田名部港から田野畑村の明戸キャンプ場までを二日かけて歩いた。今迄は北から順次南下して来たのだが、その例にならわず、初日は北山崎から北へ太田名部港に向かい、二日目は逆に北山崎から南へ向かった。
【15日(土)晴】
 仙台を7:50に発って盛岡ICを降り、国道455号線を行く。途中岩洞湖で食べたソフトクリームはなかなか美味かった、おすすめ一品だ。岩泉の町は昨年の豪雨の傷跡が未だ生々しい。小本より45号線を北上して、北山崎の展望台に13:00に着いた。陸中海岸国立公園を代表する景勝地だけあって、荒々しい断崖のつづく眺めは素晴らしい。
 昼食後いよいよ徒歩に入るのだが、ここから黒崎への道は150m程の高低差のある沢を一旦下り、又150mを急登する難所だ。しかも足場が非常に悪い。その為ここを避けて、その先から潮風トレイルのルートの乗る予定を立てていた。しかし下見の時に見つけておいた道は、草が生い茂りルートが判明しない。やむなく別ルートを探した。しかしこの為、雑木林の中を枝を掻き分け15分程も迷う事になってしまった。トレイルの道に出てからは順調だったと言いたいが、そうも行かなかった。途中から草が茂っていて迷ってしまった。しかも標識が、熊か何かの動物がかじったのだろうか、全て壊されていて役に立たない。何とか今夜の宿泊所となる「国民宿舎くろさき荘」に16:25に着いた。
 しかし今日の行程はまだ先がある。トイレを済まして先へ進む。長い長い下りの階段が待っていた。膝がガクガクになりながらもネダリ浜に17:00に下りた。変わった地名なのだが、説明文は無かった。そこからの磯づたいの自然歩道は中々素敵な道だ。高波の時は通行禁止となるか、今日の海は穏やかで疲れを癒しながら歩けた。陽がだいぶ傾いて、落ちる夕日を見ながら太田名部港には17:50に着ついた。ここから先程の「くろさき荘」に戻るのだが、さすがにもう歩く気はしない、バスで移動した。
【16日(日)雨のち晴れ】
 日の出は4時20分頃だったそうだ。しかし少し雲がかかって、海からの日の出は見られなかったらしい。朝食の前にアンモ浦展望台に行く。階段を暫く下って岬の突端に出た。ここの素晴らしい眺めだ、階段の入口は分かりづらいが、是非ここまでは来て欲しい場所だ。この頃から雨が降り出した。「くろさき荘」を出る時にはかなりの降りとなった(7:50)。
 今日のコースは北山崎から南を歩くのだが、潮風トレイルのルートは展望台から一気に700段以上の階段を磯まで下り、又同じ高さまで戻る厳しいコースだ。高齢化のすすも我々の体力を考えて、ここもパスして自然大学よりトレイルルートに入った。このルートも案内に加えて欲しいものだ。雨の中の徒歩となったが、昨日よりは整備がされていて歩きやすい。暫く行って北浜への急坂を下る。浜は小屋もない小さな浜だ。その先には手彫りのトンネルが二本ある。しかしその前につり梯子を使って大きな岩の垂直なか壁を降りなければならない。手に持っていた傘やストックを下に落として、両手を使って慎重に下りた。危険で注意のいる場所だ。
 トンネル内は真っ暗でかなり長く、ヘッドライトや懐中電灯を頼りにそろそろと進む(10:10)。手彫りでよくも作ったものだと感心してしまった。隣の浜に行くために彫ったのだろうが、二つの小さな浜は切り立った崖の下にあり、ここまで苦労して作る必要が有ったのかと不思議にさえ思えた。この先は又断崖を一気に登る危険なコースで、Bコースの人は戻って北浜からバスで次の机番所群まで先回りしてもらう。その際又あのつり梯子をを登る事になるか、岩の先を廻ってみると砂浜が現れていて梯子を登らすに北浜に戻れた。引き潮時は通れるようで、初めから気が付けは良かったと思った。
 机浜番所の浜は今も津波対策の工事がつづいていた(10:40)。以前あった番所は全て津波で流され、新しく作り替えられていたが、津波の到達位置をしめす看板の高さに驚いたしまった。当時は既に漁が終えて、番所には人がいなかったのがせめての救いた。
 県道44号線の弁天崎トンネルの左脇から細い道を登る。50m程だが足が重い。灯台を通って下れば先程の県道にまた出る。その後は明戸までこの道を下るだけだ。途中の弁天崎からの眺めは素晴らしい。震災など無かったような美しい海が広がっている。しかし明戸浜には津波で破壊された以前の堤防の一部が震災遺構として残されていた。想像を超える津波の破壊力をまざまざと見せつけている。内側には巨大な堤防が作られていた。以前は民家が立ち並んでいただろう場所は整備されキャンプ場などになっていた。今な高台に移ったのだろう、あらがう事の出来ない大自然と折り合いをつけて暮らす人々に想いを巡らし今回の例会を終えた(12:15)。



[40] 第516回徒歩例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2017年 8月 3日(木)17時35分19秒 KD106174037205.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「あづまの郷森林ウォーク」
2017年6月18日(日)晴れ 参加者21名(会員17名、一般4名)歩行距離14km

 福島県営あづま総合運動公園は1995年の第50回国体会場として整備された広大な敷地を持つ公園だ。阿武隈川の支流、荒川の左岸にあって、競技場や野球場ばかりでなく、美しい花や、豊かな緑が楽しめる。今回ははそのあづま総合運動公園内と、周辺を歩く。
 仙台を発って(7:50)福島西ICを降りて10分程で公園に着いた(9:15)。公園は南北に長い形をしているが、北の民家園から見て歩く。江戸から明治にかけての芝居小屋、宿、店、農家などが、移設されている。こうした施設はどこにでもあるが、ここでは囲炉裏に火をおこしていたり、生きた蚕を昔さながらに飼っていたのには驚いた。民家園を出て競技場のある中央部に進む。途中山ユリの群生地を通ったが、時季が早くまだ蕾も付けていなかった。体育館の脇を抜け一旦公演を出て慈徳寺に向かう。
 小高い所にあって、今回唯一の登り坂だ。10分程急坂を行って寺に着いた(11:00)。境内には樹齢四五百年と思われる見事な枝ぶりの枝垂れ桜がある。種まき桜と呼ばれていて、農耕の時季を知らせてくれていたそうだ。この寺にはもう一つ是非訪ねたい所がある。本堂の裏手を少し登った所にある首塚だ。二本松藩と伊達藩の和睦の席で、突然人質に取られた政宗の父、輝宗の首を埋めたと言われる塚だ。「速やかに義継を撃て」と政宗に命令したとも、又父を見捨てたとも言われるこの事件。親子の思いはどうであったのか。
 また公園戻って噴水の前で昼食(11:45~12:40)。次はイチョウ並木を歩く。紅葉の時に歩いてみたい。両脇には紫陽花の植え込みがあるが、こちらまだ早い。その代わりバラ園では色とりどりの美しい花を楽しめた。その先はシャクナゲの丘を抜けて公園を出る。本来であれば吾妻小富士が美しい姿を見せてくれるのだか、うす曇りの中に隠れていたのは残念。
 最後に地蔵原堰堤にむかう。荒川はその名の通り、何度となく氾濫を繰り返してきた川で、人々長年は川と戦ってきた。大正14年に完成したこの堰堤群は国の登録有形文化財にも指定されている。大きな落差のある堰堤から、幅いっぱいに落ちる水の姿は迫力があり、美しい(13:50)。辺りには大きな石がゴロゴロしていて、往時を偲ばせるが、今は人々に憩いの場を与えてくれている。
 堰堤の下を渡って右岸を下る。小富士橋の下をくぐり、今日の終着地「四季の里」に着く(14:25)。ここにはレストラン、ビヤホール、物産館などがあって、また違った楽しみが出来る。時間に余裕があったので各自ゆっくり散策や、買い物をしてからバスに乗り込んだ。
 福島市内から10分程に位置にこれだけ広大な公園があるのは羨ましい。しかしその裏には先人たちの大変な苦労があったのだ。荒ぶる川を長い年月をかけ手なづけたからこそ、この「あづま総合運動公園」は出来たのだ。次の世代には受け渡していかなければならない。



[39] 第515回徒歩例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2017年 6月26日(月)15時02分41秒 KD106174037153.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「泉ヶ岳から定義山へ ふるさと緑の道を歩く」
平成29年5月21日(日)晴 参加者 会員19名 一般8名 歩行距離11km

 泉ヶ岳ふれあい館から定義山までの「ふるさと緑の道」を歩く。いつ名付けられたかは知らないか、知名度は低い道だ。ふれあい館には路線バスも走るか、本数が少なく不便なので貸切りバスで向った。
 大駐車場には沢山の車が並んでいて、かなりの人出である(9:00)。しかし泉ヶ岳に向かう人ばかりで、ふるさと緑の道に向かう人はいない。始めに新緑の美しい林を抜けて「水芭蕉群生地」を訪れた(9:10)。季節はとうに過ぎているので、おどろおどろしく育った葉だけを見て廻ったが、下見の時(4月9日)は清楚な姿で一面に咲いていた。ただこの時はまだ残雪がかなりあって、ふるさと緑の道を歩くのは早すぎる。
 ここから定義山に向かう道はゆったりとした道だ。途中までは車でも行ける。黒鼻山の下から左の細い道に入る。暫くは平坦な道が続くが、白子岩の手前から登りとなる。それでも15分程のあまりきつくない登りで、ピークとなり、少し下ると白子岩が見える(10:40)。つるりとした白肌の奇岩だが、今の時季は新緑に隠れてあまり見えないのが惜しい。その先は道が細くなり草を掻き分けながら進む。そこを過ぎると見晴らしの良い所に出る。大倉湖、仙台の高層ビル群、真白な仙台観音などが見渡せる。今日は霞んで遠目がきかないが、澄んでいれば太平洋まで眺められる。以前はこの先に東屋があったそうだが、今は無くなっていて、せっかくの眺めの良い所で食事が出来ないのが残念だ。仕方なく、途中の林の中で道に散らばって食事をした。
 のちは下るばかりだ。途中からは又広い道になり並んで歩く。しばらく下れば、定義山への舗装道路に出る。ここから定義山までは1km余りだ。ふれあい館出発が早かった事もあり、予定よりかなり早く定義山に到着した(13:15)。既にバスは待機していたが、乾いた喉と腹を満足させる時間を十分とって定義山を後にした。
 このコースは距離も程々で、起伏も少ない。その上危険な箇所も無いので子供でも歩けるとても良いコースだと思う。しかし整備が行き届いていないのが残念だ。標識が倒れていて方向がわからなかったり、唯一の見晴らし所の東屋が再建されていないのはどうした訳だろう。またこの道をどれだけの人が知っているのだろうか。今回の歩行中一人も人に会う事が無かった。泉ヶ岳の大駐車場には案内のパンフレットもなく、そのにある地図にはこの道は書かれていない。例の行政の縦割り制度なのだろうか。もっと積極的にPRしてほしいものだ。



[38] 第514回徒歩例会報告

投稿者: 太斎 投稿日:2017年 5月27日(土)20時54分27秒 KD106174037013.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

「お花見ウォーク 北上展勝地」
平成29年4月25日(日)晴 参加者 会員23名 一般11名 9.1km

 この時季の徒歩会は桜の名所を訪ねる事が多い。昨年の4月例会では「二本松城址」を訪ね、その時は城山を覆う満開の桜に現を忘れる心地であったが、展勝地はどうであろう。
 今が見頃、との情報に渋滞を回避して北上金ケ崎ICで降りたが、誰も考える事は同じらしい。大渋滞に巻き込まれ、遥か先まで連なる車の列に降りて歩く事にした。暫く車の列を見ながら歩いて、男山展望台入口から山道に入り、みちのく民俗村に出る。ここには旧民家や番所などが移設されている。そこから「展勝の小径」と呼ばれる山道に入る。眼下には北上展勝地の桜が一望される。花は丁度盛りで、大勢の観光客の姿が見え、笛や太鼓の音も聞こえて来る。
 花見は後の楽しみとして、立花毘沙門堂の毘沙門天立像を拝観する。事前の申し込みが必要だが、詳しい説明が聞けた。それによれば藤原清衡が平泉に奥州藤原を拓く200年も前の10世紀に、この国見山には大規模な寺院があったと伝えられている。しかし今はこの毘沙門堂だけが残り、他の仏閣は全て姿を消してしまった。本堂などの跡地を発掘調査しても、消失した跡はなく謎のままである。説明してくれた人は、平泉に移設したと推察している。毘沙門天は仏の世界(浄土)を守る守護神で、この地は鬼門の方角に当たるそうだ。像は国指定重要文化財に指定されていて、美術的価値の高い優れた造形をしている。
 お堂の前より珊瑚岳への登山道に入る。車も通れる広い道をゆるやかに登る。予定では山頂まで登るはずであったが、渋滞で時間が遅れ、登頂は断念して藩境塚で昼食となった。伊達藩と南部藩の境がここで、番所があったらしい。
 下っていよいよ北上展勝地に行く。すごい人出だ。山中トイレが無かったので駆け込みが、ここも大行列だ。毘沙門堂で別れて、山に登らなかった組のメンバーともここで合流して、展勝地の桜を観賞する。北上川の左岸に、二列に植えられた桜のトンネルの中を歩く。今日の日を待っていてくれた様な満開の桜。二年続けての幸運に恵まれた。空はスッキリと晴れわたり、とは言い難いが、それでも花見には十分な天気だ。同じ様な河川沿の桜並木に、宮城県白石川の一目千本桜も有名だが、展勝地は道が広いの良い。しかし樹の老木化が進んで、痛々しい姿もあった。若木の植え替えまで手が回らないのだろう。桜の少子高齢化は深刻だ。これは一目千本桜も同じだか。珊瑚橋付近には鯉のぼりが二本かかっていた。色とりどりの鯉のぼりが心地良げに、大きな口を開いて泳いでいた。
 北上駅の近くには安倍の館跡と伝えられている所がある。北上川と和賀川が合流するこの地は、昔から交通の要所で、早くから高い文化が花開いたのだろう。しかしながら、大和朝廷との対立が深まり、前九年の役が勃発して世は乱れた。そんな中、人々は世の安定を願って、国見山に仏閣を建立していったのかもしれない。今を盛りと咲く桜は、古人の願った浄土が実現したかの様だった。
 


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