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◇小久慈焼窯元・・・ 七代目 下嶽 岳芳 (芳)
小久慈焼の起源は今から約200年前にさかのぼります。 初代熊谷甚右ヱ門が相馬から来た陶工嘉蔵に師事しそ の技術を習得し、釉薬は地元から取れる粘土を基に小久慈特有の上釉を創り出し、その釉薬が八戸藩主に認められ八戸藩の御用窯として、茶碗・皿・ツボを焼きました。その上釉のもつ渋味と素朴さ伝統的に今日まで続け、製作もロクロを使い手作りをしております。それが民芸の大家柳宗悦先生に認められますます真価が高められ、六代熊谷龍太郎にいたり、「小久慈焼企業組合」を設立し創業以来の伝統を継承しつつ、現代感覚と新技術を取り入れ製作しています。
◇砂鉄鍋の由来 岩手県の県北、久慈地方は砂鉄の産地として古来より知られている。正宗の名刀或いは南部藩お抱え釜師の名作などは砂鉄から精錬された小鉄で作られたものである。明治時代、高炉精錬法の時代を経てロータリーキルンによる貧鉱処理法が開発されて、砂鉄の工業化が実現しその製品は砂鉄ルッペといい。ルッペを原料としての研究努力の末独特の精錬法を発見し製作されたのが久慈砂鉄鉄器である。
◇昭和三十六年五月 天皇陛下、皇太子殿下並びに葉山御用邸に献上御嘉納の栄誉に浴す。
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